幕間 隣国の王は、罠に嵌められたと知る
3月1日早朝——。
総勢5万を越えるバルムーア軍は、国境であるラバウス峠を越えようとしていた。但し、本来であれば、全力を挙げて阻止をするはずのシューネルト伯爵家がすでに味方に付けていることから、兵を損なわないまま峠を越えて、そのままロンバルド王国内へと進んでいく。
「国王陛下。先程、シューネルト伯より使いの者が参り、当主ハルトムート殿がシシリー川まで出迎えに参ると」
その中には、国王ルイ11世の姿もあり、この作戦を立案した宰相バランド侯爵から馬上で報告を受けていた。順調に事態が進んでいることに満足気な表情を浮かべて、彼は「わかった」と答えた。
ちなみにだが、このシューネルト領には、ロンバルド軍の姿は見えない。密偵からの知らせでは、司令官に任じたルクセンドルフ伯がユンゲルス将軍を誅殺したため、少なからぬ混乱が生じていて、進軍も迎撃もできない状況だと誰もが耳にしていた。
呆れる話であるが……それゆえに、このときはルイ王も、その他幕僚たちも、自分たちの勝利を疑っていなかった。そして、軍勢はハルトムートが出迎えると言っていたシシリー川へと差し掛かった。
「あれか?」
「おそらくは……」
ルイ王はバランド侯爵と短く言葉を交わしたその先に、約束通りにシューネルト伯ハルトムートが礼装姿でごく少数の供周りと共に待機しているのが見えた。
「もしかして、罠ではないか?」
ただ、あまりにも兵が少なく、無防備過ぎる状況を見て、ルイ王は疑念を抱くが、そうしていると、ハルトムート一行の方が川を渡り、ルイ王に臣下の礼を取るためとして、拝謁を求めたのだ。
「この川を渡れば、我が領都シュリーはすぐそこにございますれば、どうか今宵は歓待いたしたく……」
そして、臣従を認められたハルトムートは、新しい飼い主に少しでも取り入るべく、ルイ王や周りの重臣たちに提案した。
「どうすればよい?」
ルイ王はここでも罠を疑い、バランド侯爵に助言を求めた。呑気に歓待だと思って少数で領主館に入ったところでバッサリと暗殺されてはかなわないのだ。しかし……
「ご心配には及びますまい。ハルトムート殿は、陛下への忠誠を示したいだけなのでございますよ」
バランド侯爵などは、罠などないから受けるべきだとルイ王に進言した。それでも心配なら、警護の兵を多く連れて行けば済むことだと。
「だ、だが……」
それでも、ルイ王は原因がわからないものの、何か嫌な予感を覚えてなおも拒もうとした。このままでは何か取り返しがつかないことが起こるのではないかと。ただ……気が緩んでいるのか、重臣たちの大半が歓待を受けることを望んでいて、結局最後は押し切られてしまった。
こうして、ルイ王は重臣たちと共に2千の兵を率いて領主館へと向かった。残りの兵はというと、このシシリー川の畔に留め置かれることになり、その周辺に散会しては陣を張ることになった。
……そして、宴もたけなわになった午後8時半過ぎ。事態は急変した。
「ん?なんだ……?」
最初に気がついたのは果たして誰だったのだろうか。辺りが暗くなり、全く見えない中で聞こえてきた轟音に反応した兵の一人が疑念を抱いて周囲の同僚に訊ねてみたが、答えが返って来る前に濁流が彼らを飲み込んだ。
「申し上げます!シシリー川が……氾濫を……」
そして、その知らせが領主館に届いたころには、すでに手遅れの状態になっていた。しかも、濁流はこの領都シュリーにも流れ込んでいて、慌ててバルコニーに出たルイ王や領主であるハルトムートの耳には、逃げ惑う住人たちの阿鼻叫喚の叫び声が届いてきた。
「一体……これはどういうことだ?」
唖然としてまず言葉を発したのは、ハルトムートだった。なぜ、このような事態が起こるのか本気で分からずに、知らせを持ってきた兵士に訊ねるが……傍で見ていたルイ王らからすれば、その光景は白々しく見えた。
「貴様……よくも嵌めてくれたな……」
川から少し離れている領都がこの有様ならば、川の畔に陣を張っているバルムーア軍はひとたまりもないだろう。それはすなわち、この内通自体が罠だったということだ。
そう決めつけて、ルイ王は怒りに任せて剣を抜いた。同時にハルトムートの顔から血の気という血の気が消失した。
「お、お待ちを!本当に俺は……」
「問答無用!」
ルイ王はそのままハルトムートの首筋目掛けて剣を振りぬいた。激しい血飛沫と共に、その首はごとりと床に落ちて、続けて残る身体も崩れ落ちた。
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