第165話 悪人は、いきなり目障りな味方を焼き殺す

結婚式の翌日、ヒースはエリザと共にルクセンドルフ領を出立した。表向きは、「新婚旅行」と言っているが……実際には、バルムーア王国を滅ぼすための出陣である。


そして、昼過ぎには領境を越えて、ヒルシャイト子爵領に入った。そこには、王都から派遣された国軍に加えて、東部の主だった諸侯の軍勢が集っていた。但し、総勢2万余ともいわれるこの軍勢は……はっきりいってまとまりはなかった。


「司令官閣下。おまちしておりましたぞ」


その元凶たるのが、到着したヒース一行を出迎えたユンゲルス将軍だ。彼は、王国軍で長年一騎当千の剛勇でその名を轟かせている強者だが、その勇名を鼻にかけて、諸侯の軍勢を烏合の衆と決めつけて見下しているのだ。さらに言えば、この50を手前にした初老の将軍は、必ずしもヒースに対して好意的ではない。


(戦場に女連れとは……このガキ、舐めてやがるな……)


元々、今回の戦争では、自分こそが司令官に任じられると思っていただけに、不快感が露骨に顔に出てしまった。すると、ヒースはすぐさま手を下した。


「あ……あつ!えっ!?な……あぎゃあああああああ!!!!!!」


容赦することなく【蓑虫踊り】のスキルが発動された。ユンゲルスは忽ち炎に包まれて……消すこともかなわないまま、やがて絶命した。当然だが、周囲は騒然となる。


「ル、ルクセンドルフ伯!いきなり、何をなされるのか!?」


「そうだ!ユンゲルス将軍に何の罪があったというのだ!気でも狂われたか!!」


そう真っ先に叫んだのは、ユンゲルスの側近たちだったが、流石にこの暴挙はやり過ぎではないかと、将軍に対して不満を抱いていた諸侯らからも非難の声が上がった。


しかし、ヒースは全く動じることなく、逆にこれを一喝した。


「静まれ!ワシは、この遠征軍の指揮を国王陛下より預かっておる!そのワシに文句を言う意味を……貴様らわかっておるのか!?」


それは、これ以上非難すれば、国王の命に背いた……反逆罪に問うという脅しだった。もっとも、国王がアレなので、どれほど効果があるのかは怪しい所であったが……この一言で、一先ずはこの場を鎮まらせることにヒースは成功した。


但し、当たり前であるが、誰もが納得したわけではなかった。特に、最前列にいるユンゲルスの側近たちは、怒りに満ちた目でヒースを睨みつけていた。ゆえに、自分の手足として使いやすくするために、ヒースはこの場にいる全員に向けて、また嘘をついた。


「皆の者。只今、ユンゲルス将軍を誅したのにはわけがある。それは、将軍がバルムーアと通じてワシらを嵌めようとしたからだ!」


なお、ヒースはバレる嘘はついたりはしない。信憑性を持たせるために、手を二度叩いて合図を送り、この場に証人を招き入れた。


「あ、あなたは……」


さっきまでヒースを睨みつけていた側近の一人が声を上げるが、その驚きも当然で、現れたのは王都に居るはずのユンゲルスの妻だった。さらにいうと、その手には複数の書状らしきものが握られている。


「奥方よ。もう一度訊ねるが、そなたの夫がバルムーアのバランド侯爵と共謀していたのは事実なのだな?」


「はい、相違ございません。ここに、その証拠がございます」


夫人はそう言って、手にしていた書状をヒースに提出した。そこには、シューネルト伯と共謀して、この東部防衛軍を死地へ誘い出そうとする計画が記されていて、それをヒースは一同に披露した。


「ば、馬鹿な!将軍が……そのようなことをするはずが……」


「馬鹿なも糞もあるものか。その方らもその目でしかと見ればよかろう?」


そのうえで、なおも騒ぎ立てる側近たちに、その書状をためらうことなく渡して、これが事実であることを周囲にも印象付ける。実は、ユンゲルスの妻には若い愛人がいて、この後ヒースの手引きによって、他国へ駆け落ちするのだが……誰もこの偽の書状の真贋に気づく者はいない。


その彼らが、やがて沈黙したことを受けて、ヒースが用意した『嘘』は『真』となるのだった。


「さて、諸君。裏切り者を始末した以上、我らに恐れるものは何もない」


ヒースはこの場に集う将兵に改めて力強く言い放つ。「必勝の策はすでに用意しているから、あとは気楽にその成果を得るだけだ」と。

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