第164話 悪人は、捕らえた刺客と面会する

「はあ……やはり、慣れないことはするモノではなかったか……」


牢の外からは、賑やかな音楽や大勢の盛り上がる楽しげな声が聞こえる。そんな中で、かつてシューネルト伯爵家で家令を務めていたアヒムは、ただ一人ここで今日の出来事を回想し、自虐的に笑いながら呟いた。


つまるところ、ルクセンドルフ伯爵の暗殺をしくじったのだ。


「……それにしても、どうして見抜かれたのだろうか」


ここにはいないが、時間をかけて遠距離攻撃ができる魔法使いを十数人集めたのだ。これなら、視界に入らない場所から攻撃できると踏んで、あとは伯爵夫妻が乗った馬車が射程圏内に入ったところで攻撃するだけだったのだ。


それなのに、攻撃する直前になって襲撃を受けたのはこちら側で……あとは多勢に無勢、いや、若干一名の異次元ともいえるような強さを誇った魔法使いの登場で、成す術もなく全員制圧されてしまったのだ。予めわかっていなければ、このように手際よくはできないだろう。


ゆえに、アヒムは内通者がいるのではないかと疑っていた。何しろ、集めた者たちとは、金で結びついているだけの関係なのだから、裏切られたとしてもおかしくはない。そう思うと、一人でやれることを考えて、やるべきではなかったのかとも後悔しかけるが……


「いや、もうよそう。今更、そのようなことを考えてもどうしようもないな……」


ため息を一つ吐きだして、アヒムは気持ちに整理をつけた。どの道、明日にでも殺される運命なのだ。せめて、シューネルト伯爵家のためにやれることはやったと思いながら死のうと決意を固めて。すると……


「ほう……まだ死なずに生きておったか」


牢の外に広がる暗闇に小さな灯がつくのとほぼ同時に、尊大な声が聞こえてきたのだ。アヒムが「誰だ!?」とつい声を上げるのも無理からぬ話であった。


ところが、その声の主は自らを「ヒース・フォン・ルクセンドルフ」と名乗った。そして、彼は言う。「シューネルト家の刺客ならば、身元が明らかになる前になぜ頭を壁に打ち付けるなり、シーツかベルトを使って首をくくらないのか」と。


「その方が主君にとっては好都合ではないのかな?元・シューネルト家の家令、アヒム・バイラーよ」


ちなみにだが、まだ取り調べは行われていない。伯爵暗殺未遂の現行犯として逮捕されただけで、素性も名前も何も言っていないのだ。


(それにもかかわらず、ワシの名を……素性を知っているとは……)


これでは敵うはずもないと、アヒムは白旗を上げた。内通者はいたかもしれないが、いなくてもこのルクセンドルフ伯爵家の力ならば、自分がシューネルト領を出た瞬間から監視されていても不思議ではないと。事実、【揚羽蝶】も【歩き巫女】も、多数シューネルト領とその周辺には入り込んでいた。


「それで、新婚ほやほやの伯爵様。このような所にはてさて、何の御用ですかな?」


「初夜は済まさなくても構わないのか」とアヒムは半ばやけになってからかうが、「妊娠中だから必要ない」という回答が返ってきて、言葉を失った。いくらなんでも、そんな斜め上の答えが返ってくるとは予想外だった。


だが、そんな彼の事情に配慮することもなく、ヒースは改めてアヒムに問い質した。つまり、「シューネルト伯爵家は、ロンバルド王国に反旗を翻したのか」と。


「まあ……現職の大臣であるワシを殺そうとした以上、シューネルト伯がこの企てに関わっていようがいまいが、こちらの方から反逆の罪を問うことになるが……」


それでも一応は、真意を訊いておきたいとヒースは質問の意味を説明した。こうなると、最早隠すことに意味を見出せない。この男は、その地位を悪用して、シューネルト家を断罪する罪状など、いくらでも作り出せるのだ。


「シューネルト伯爵家は……ハルトムート様は……」


アヒムは憑き物が落ちたかのように、知っていることを洗いざらい白状した。すでにハルトムートはバルムーアに寝返っていて、アルデンホフ領で一揆をおこす陰謀が進んでいると。


(もっとも、動じない所を見ると、アルデンホフ領のことは、すでに承知しているということか……)


一揆が成功しなければ、バルムーアがロンバルドを征服することは、まずあり得ないとアヒムは思う。それゆえに、このときをもって、シューネルト伯爵家の命運は尽きたと悟ったのだった。

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