第163話 悪人は、結婚式を挙げる(後編)
讃美歌の合唱が始まり、ヒースとエリザの結婚式がまさに行われている。
本来であれば、バージンロードをエスコートするのは、養父たるロシェル司教であるが……彼は司教としての役割を果たしており、その代役は兄であるヴィルヘルムが務めていた。
「あの……伯父様?」
「うぅっ……」
しかし、どうしたことか彼は赤絨毯を歩きながら、目を真っ赤にして泣いていた。繰り返し言うが、単なる代役にもかかわらずだ。もちろん、エリザも戸惑っていた。
「あ、兄上……?」
それゆえに、ロシェル司教も放置するわけにはいかずに、どういうことかと訊ねてみた。すると、ヴィルヘルムはポケットから取り出したハンカチで目頭を押さえながら答えた。
「すまぬ、アレフ……。うぅっ……わかっているのだがな、つい将来こうやって娘を嫁がせるのだと思うとだな……か、悲しくなってだな……」
つまり、その日のことを想像してしまって感情移入してしまったということだった。
(いやいや、まだまだ早いだろう……)
ちなみにだが、ヴィルヘルムの娘ゾフィーは、先日6歳になったばかりなので、今日のような日が来るのはずっと先のことだ。それゆえに、弟であるロシェル司教の表情が些か苦いものになるのは無理からぬことだった。
ただ……何はともあれ、新婦であるエリザは無事に新郎であるヒースの下に送り届けられたのだ。
「兄上、次の予定が詰まっていますので、そろそろ元の座席に戻って頂けませんか?」
もう用は済んだとばかりに、ロシェル司教は兄に対してそう促した。そのうえで、ロシェル司教は、式の進行を進めて、聖書の中から言葉を選び、二人に授けると……いよいよ、それぞれに誓いの問いかけに移った。
「新郎ヒース・フォン・ルクセンドルフは、新婦エリザを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も、貧しき時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「ああ、誓う」
「新婦エリザ・フォン・ロシェルは、新郎ヒースを夫とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も、貧しき時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「よろしい。それでは、神の御名において、二人を夫婦と認めます」
杓子定規ではあるものの、ロシェル司教は締め括るように最後に宣誓すると、参列者から大きな拍手が沸き上がった。そして、最後に二人が結婚証明書にサインを行うと、その中をヒースはエリザをエスコートして退場する。
このあとは、黄金の馬車に乗って領主館までパレードすることになっていた。
「テオ、エーリッヒ」
しかし、その途中でこの二人の姿を見たヒースは、小さく声を掛けて「頼んだぞ」と言った。すると、二人は頷き、すぐにこの場から立ち去って行った。
「いかがなさいましたか?」
「なに、明日には出陣せねばならぬからな。それを思い出して声を掛けただけだ」
声が聞こえたのだろう。エリザが不思議に思って訊ねてきた質問に対して、あれほど嘘をつかないと誓ったにもかかわらず、早速ヒースは嘘をついた。今朝の誓いを思い出しては、ヒースも少し胸が痛まないわけでもない。
ただ、これは必要な嘘だと割り切ることにした。まさか、このあとのパレードで、シューネルト伯爵家が送り込んできた刺客が襲ってくるなどとは、ヒースは言いたくなかったのだ。手筈通りに処理できれば、誰の目に触れることはないのだからと。
「それでは、参るとするか」
「はい!」
この黄金の馬車は、かつてオットーとベアトリスの婚礼の際にも使われたことのある代物だ。乗り心地は、お世辞にも良いとは言えないが、伯爵家の権威の象徴でもあり、使用しないという選択肢はない。それに二人が乗り込むと、ゆっくりと領主館に向けて動き出した。
「お屋形様、万歳!」
「新しい伯爵夫人に祝福を!」
ゆっくりと馬車が進む中、沿道からは大勢の領民たちが歓声を上げて若い二人を祝福した。それに応えるかのようにエリザが手を振り、ヒースもそれに倣うが……彼の視線は別の所にある。すなわち、襲撃者の存在だ。
(頼むぞ。テオ、エーリッヒ……)
万一、二人が制止に失敗してこの馬車が襲われても、もちろん防ぐ手立てはないわけではないが、それではエリザに気づかれてしまう。このパレードを楽しみにしていた彼女の顔を曇らすわけにはいかないヒースは、上手く行くことを願うのだった。
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