第162話 悪人は、結婚式を挙げる(前編)

2月25日のルクセンドルフ伯爵領は、祝賀ムード一色だった。


何しろ、当主であるヒースが、予てから婚約していたエリザ嬢とめでたくも挙式を挙げるためであった。昼と夜の飲食は全て伯爵家が負担するとされていて、さらに夜には領主館の前にある広場で、スターナイト・シスターズが祝賀曲を歌うとあっては、他領からも多くの人が集まっていた。


だが、領主館の窓から見える喧騒に、エリザは不安を感じていた。本当にこれで良いのかと。


「あの……ヒース様。今回の結婚式は、あくまで内々の、目立たないものにするはずだったのでは?」


だから、素直に懸念をヒースに伝えた。ローエンシュタイン公に説明した内容と違っていては、後々問題にならないのかと心配して。しかし、ヒースにとってはノープロブレムだ。


「なあ、エリザ。これからワシの妻になるおまえに良いことを教えておこう」


「はあ……」


「それは、『約束なんて、破るためにある』ということだ。すでにいつでも謀反を起せる準備ができているのだから、なんで王都の阿呆どもの顔色を窺わなければならんのだ?」


あまり褒められた話ではないはずなのに、堂々と胸を張って告げるヒースに、エリザは呆れかえってしまった。ただ……少し意地悪なことを思いついたので思い切っていってみることにした。


「それなら……わたしとの約束もそうなんですね?」


「え……?」


「だって、結婚って最も重い約束の一つでしょ?ヒース様がそうおっしゃられては、わたしは一体何を信じればいいのでしょうかね?」


「い、いや……そのだな。それとこれとは……」


急にしどろもどろとなり、ヒースは言葉を詰まらせた。その光景が少しおかしくて、エリザは噴き出しそうになるが……そのとき、部屋の外から声が聞こえたので中断した。


「申し上げます。リートミュラー侯爵夫妻がご到着されました」


「そうか。それでは、出迎えに行くとしよう」


これ幸いとヒースがその声に応対して、そして、エリザに手を指しのべる。


「誓って言うが……これからは、少なくともおまえにだけは、嘘は一切つかん」


だから、信じてこの手を取ってくれとヒースは照れくさそうに言った。満点の回答をもらって、エリザは満足気にその手を取った。





「エリザさん!急な話だから、びっくりしたわ!でも、よかったわね。おめでとう!」


「ありがとうございます。お義母さま」


エントランスホールに着くなり、母ベアトリスはヒースなどに目をくれることもなく、エリザに祝福の言葉をかけた。……というか、ヒースの手をパシッと払い除けて、自らがっちり掴んでは、「積もる話は、あちらでしましょう」と、強引に連れて行こうとする。


「ちょ、ちょっと、母上!いくらなんでも、今日もそれなら流石にワシも傷つきますぞ!!」


以前から、どちらが実子なのかわからないような態度ではあったものの、一応息子なのだから、今日くらいは優しい言葉の一つでもかけてもらいたいとヒースは声を上げた。しかし……ベアトリスには通じない。


「おめでとう、ヒース。言っておくことが一つ。次にうちの娘を泣かしたら、その股間にぶら下げているボールは……潰すからね?」


だから、エリザは娘じゃないとヒースは訴えようとしたが……ベアトリスは問答無用でエリザを連れて、近くの談話室へ去って行った。すると、そんな哀れな彼の肩をポンポンと叩く者がいた。


「まあ、式が始まるまでには返してくれるから、大目にみてやれよ」


言いたいことはそれじゃないのに、どや顔でそう語るのはオットーだ。もっとも、彼自身もこの場に取り残されたのだから、ヒースのお仲間といった所だ。


「それで、父上。その後の母上の様子はどうなんだ?」


さっきの様子を見た感じでは、かなり調子が良いように思える。だが、オットーは首を左右に振った。


「やはり、日に日に不具合は生じているようだ。無論、あの強気な性格だから、ボクには知られないようにしているが……」


それでも、人の口に戸を立てることができず、仕えている使用人たちの話によると、痛そうに顔をしかめる頻度が少しずつ増えているという。


「少し予定を早めて、カリンにまた治癒魔法をかけてもらおうか?もうすぐ、この屋敷に着くと思うし……」


「それは、ボクも同意見だ。しかし、それを言ってもだな……」


肝心のベアトリスが「うん」と言わないのだとオットーは返答した。前倒しにすれば、それだけ寿命が短くなると考えているようだとして。


「そうか……」


それが果たして本当なのかは、ヒースもわからなかった。それゆえに、この場ではそれ以上のことは言えずに、式までの時間を過ごすことになったのだった。

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