第161話 悪人は、義妹を結婚式に招待する

「ははは……お姉さまには敵わないようね。ごめんなさい。今の壺はナシで、別のモノにするわ」


そう言ってローザは一旦席を立ち、部屋の外に出て行くと、今度は小さな箱を持って再び現れた。それはオルゴールだった。


「そ、それは……」


「記憶はないんだけど、住んでいたらしい家にあったのよ。机の引き出しに入っていたから、父か母の大切な品物だったと思うのだけど……」


かつての家族の名残の品があったことを思い出して、ローザはそれを手渡そうとした。ただ、そのときエリザの顔が強張っているような気がして、もしかしてダメな品物だったのかと冷や汗を流した。そういえば、継母とは折り合いが悪かったことを思い出して。


しかし、エリザは「違う」と言って首を左右に振った。


「これは、わたしの亡くなった本当のお母さまが大事にしていたオルゴールなのよ。もう二度とあの音色を聞けないと思っていたのに……ありがとう。最高の贈り物だわ!」


エリザはそう言って、ローザを抱きしめた。だが、身長差があってどうしても柔らかい二つの丘に顔が挟まれてしまう。しかも、目の前には自分の前世が男であることを知るヒースがいて……イラつくような視線を向けられていることにも気づいてしまう。


「お、お姉さま。わ、わかりましたから、どうかその辺で。それよりも、何か重要なお話があったんじゃないのですか?」


「あ……ごめんなさい。そうでしたわ」


エリザはハッとしたような顔をして、ローザから離れると用件を告げた。それはすなわち、ルクセンドルフ領のロシェルの教会で、2週間後に結婚式を挙げるから是非参列して欲しいということだった。


「2週間後ってまた急な……。しかも、いいんですか?その時期って……」


今日は2月10日だ。開戦は3月1日だから、結婚式はその直前となる。しかし、ヒースはそんなローザの懸念を吹き飛ばすように言い放つ。「そのタイミングで行えば、バルムーアに新婚旅行にいけるではないか」と。


「それは、つまり……」


「ああ、今度の戦いでバルムーアは滅ぼす」


そして、自身がその指揮官に任命されたことをヒースは告げた。だから、ローザは理解した。結婚式に参列して欲しいということは、その戦いに加わって欲しいという意味が隠されていることを。


「具体的にはなにをすればよろしいので?」


「結婚式を盛大に行いたい。言い値で構わないから、バルムーアの王都とその近郊からなるべく多くの食料を買い集めて欲しいのだ」


「それは、まさか……」


ローザの脳裏には、豊臣秀吉が鳥取城で行った『飢え殺し』が浮かび上がり、恐怖を覚えた。だが、そんな彼女にヒースはニヤリと笑って告げた。「猿にもできたのだから、ワシにもできぬはずはなかろう」と。実際に見たわけではないのに、すごい自信だった。


「お、おそれながら、莫大な資金が必要になります。その出処は?」


「此度のことで王宮よりたんまりと祝儀は貰っておる。心配するな」


費用の支出については、概算見積を行ったところでひと悶着あったものの、最終的には渋るローエンシュタイン公爵を説得して認めさせていた。だから、後日政府に請求すればよいとヒースは言った。


「ワシはな、ローザ。エリザを幸せにしたいのだ。わかってくれるよな?」


ポンと肩を叩いて、見つめるヒースの眼差しは、決して拒絶を許さないと言っていた。その迫力にローザは「ひっ!」と短く声を上げて姉に救いを求めるが……彼女は全てを承知しているのか、全く手を差し伸べてくれはしなかった。


「わ、わかりました。微力ながら、わたしも手伝わせていただきます……」


本音で言えば、あの『鳥取の飢え殺し』は地獄だったと耳にしており、御仏に仕える身としては関わり合いたくはなかった。だか、ここまで聞いてしまった以上、それは通じないであろうことはローザも理解していた。


だから、協力すると決めた以上は、全力で取り掛からなければならないと決意を固めた。傍に居た近臣に声を掛けて、幹部たちを支給召集するように命じると、ここでエリザたちとの会談を打ち切ることにした。


「それでは、2月25日にルクセンドルフ領へ」


「待っているわ。必ず来てね」


行かなければ、地獄を見ることは確実だろうなと思うと、その姉の言葉が複雑に思えてくるローザ。ただ、姉の幸せを願う気持ちは嘘でも偽りでもなく……因果な相手と娶わせることになったなと諦めて、全力で協力しようと思うのだった。

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