第160話 悪人は、姉妹の対面に……

馬車は、アルデンホフ領に入り、そのまま領都であるアルデバランへ間もなく到着しようとしていた。ヒースにとっては二度目の訪問であるが、今回は前回と違っている点がある。同行者がアーベルではなく、エリザということだ。


「エリザ……そう緊張しなくても……」


「わ、わかっています。で、でも……」


最後に会ったのは、8年前。ルクセンドルフの教会で洗礼式に臨んだ日の朝だったという。エリザによると、継母であったローザの母親には腫れ物に触るような扱いを受けていたという記憶はあるようだが、まだ4歳だったローザとは時折一緒に遊んでいたらしい。


それゆえに、エリザは感じていたのだ。自分の栄達と引換えに家族を……妹を不幸にした罪悪感を。もちろん、これはベアトリスが勝手にやったことだが、言い訳になるとは到底思えなかった。


「もし、わたしのことを恨んでいたら……」


「心配するな、エリザ。そのときは、このワシが守って見せようではないか」


ヒースは、エリザの手に自分の手を重ねて励ました。馬車はやがて速度を落として、教団本部が置かれている教会の玄関先に到着した。


「弾正様、お待ちしておりました。それで、そちらがお姉さまということかしら?ふふふ、そんなに怖がらなくても、昔の記憶は失っていますから大丈夫ですよ」


「は、はあ……」


玄関先に出迎えていた少女に開口一番そう言われて、エリザは面食らってしまった。だが、今の言葉でこの娘が自分の妹……ローザであることに気がつき、エリザも挨拶を交わした。


「はじめまして……エリザです」


家名は名乗らなかった。それは唯一の肉親を前にして、本当の姓か、偽物の姓、どちらを名乗ればいいのかわからなかったからだ。ただ……「はじめまして」の言葉は、口にした後で間違っていたことに気がついた。


「あ、あの……」


すみませんと訂正しようとするが、ローザはにっこりと笑って……上書きするように告げた。「はじめまして、ローザ・アドマイヤーです」と。


「ローザ……ごめんなさい。わたし……」


「いいんですよ、お姉さま。わたしだって、昔の記憶はないのですから」


申し訳なさそうにする姉に、妹は「過ぎたことに目を向けるよりも、これから先のことに目を向けるべきだ」と諭して、今日から姉妹の絆を固めていけばいいと励ました。


「ありがとう。本当に……ありがとう」


その言葉にエリザは感極まり、大粒の涙を流すが……前世における彼女の父親を知るヒースは恐怖を覚えて顔をひきつらせた。そして、その懸念は当たったようで、ローザが目配せすると……この場に青磁器のような壺が運ばれてきた。


「それでね、お姉さま。わたし、お姉さまには是非幸せになってもらいたいの。だから、この壺を……特別価格100万Gでお譲りしようと思うの」


それは、持っているだけでハッピーになると言う代物であるとローザは力説するが……もちろんそんなはずはなく、ヒースは彼女の頭を叩いて、霊感セールスを強制終了させた。


「……おい、糞坊主。エリザは確かにおまえの姉だ。だが、そのまえにワシの妻であることを忘れるな?」


さもなくば、方針を全撤回して寺を焼き、蓑虫踊りをさせるぞとヒースは調子に乗っていたローザに囁いた。当然だが、ハッタリではないことを知る彼女は震えあがった。


「や、やだな……ほんの冗談ですよ……」


そして、本当の特別として、その壺はタダで差し上げると言った。元は100Gもしない平凡な壺であるだけに、何も惜しくはなかった。しかし……


「それなら、わたしの方からはこれをあげるわ。あなたに是非持っていてもらいたいから」


エリザは身に着けていた指輪を外して、ローザの手に握らせた。それは、昨年の誕生日にベアトリスから贈られたお気に入りで、台座部分には大きなサファイア石が入った……売れば200万Gは下らないだろうという逸品だった。


「エリザ……それは……」


妹から贈り物を貰って感動しているところで申し訳なく思うが、それでは等価交換には全然なっておらず、騙されていると思ってヒースは止めに入ろうとした。その壺はそんなに価値がないことも伝えて。


しかし、エリザは首を振った。壺の価値はわかっているけど、それは問題ではないと言って。


「お、お、お姉さま……」


「これは、わたしからあなたへの気持ちよ。これまで酷い目に遭わせたことへの償いと……これから幸せになってもらいたいという願いを込めてね。だから、受け取って」


指輪をローザの手に握らせて、エリザは優しく微笑んだ。

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