第159話 悪人は、上司に結婚報告をする
「なに!?エリザ嬢と結婚するだと!」
宰相府にやって来るなり、突然そのようなことを口走ったヒースに、ローエンシュタイン公爵クロードはどういうことなのかと説明を求めた。すると、彼はすんなりと答えた。即ち、エリザ嬢が妊娠したということを。
「私生児にはしたくない。だから、結婚式を挙げる。ただそれだけだ」
「ただそれだけって、おまえ……」
すでに決意は固まっているのだろう。それは、その態度からしてクロードも理解するが、王国政府を預かる宰相の立場としては、素直に頷くわけにはいかない。
「ルキナ王女殿下の方はどうするんだ?」
もしや、後回しにする気なのかとクロードが訊ねると、ヒースは「それがどうした」と答えてくる。だが……それでは周囲が納得しない。王家への不敬を唱える者も少なからず湧き出すであろう。
「なあ、ルクセンドルフ伯。物事には順序があるということがわからぬそなたではあるまい?ただでさえ、国王の代替わりや隣国との戦争が間近な昨今の状勢なのだ。結婚式をあげるにしても、まずはルキナ殿下と先にしてはどうだ?」
それならば、貴族たちの無用な敵意を煽ることなく、事は丸く収まるのではないか。クロードはなおもそう言ってヒースを説得するが、彼の答えはNOだった。
「閣下。ワシはな、別に栄達を望んでいるわけではないのだよ。あくまで、エリザの方が先だ。これは絶対に譲れん!」
ルキナを第二夫人に迎える話は、彼女との間に前世の因縁があるからに他ならず、決して、王女であるからではないのだ。それゆえに、それを不快に思って破談にするのであれば、ヒースの方としては仕方ないと割り切っていた。
だが、一方のクロードにしては、そのようなことでヒースが失脚するようなことになれば、今後の政権運営が大きく狂いかねない。すでにその力を当てにしているのだ。とてもじゃないが、割り切るなんてことはできなかった。
「一体どうすれば……」
クロードは、机に肘をついて頭を抱えた。すると、そんな彼にヒースは近づいてから……「ひとつ案がある」と囁いた。
「案?」
「そんなに難しい話ではない。エリザの方を先にしたいというのは、ワシの気持ちだから、別に誰かに知って欲しいというわけではない。つまりだ……」
ヒースは提案する。エリザとの結婚式は、内々のものと公のものを二度やればいいと。
「最初の結婚式は、ワシの近親者だけで行う。もちろん、手続きはきちんと行うが……そもそも、それらの記録を閲覧できるのはごく限られた者だけなのだろう?」
「ああ、そうだな。それに秘匿の義務があるから、漏らしたら重罪になるな」
「それなら、ある程度ではあるが、秘密は守られるということだ」
無論、人の口に戸は立てられぬため、いずれはその事実に気づく者も現れるだろう。だが、多くの者に知られる前に揺るぎない権力を手にしていたら……話は別だ。自らの命をチップにして果たして騒ぎ立てることができるかと言えば、余程の愚か者ではない限りNOだ。
「だが、どうやって伯のいう……『揺るぎない権力』を手に入れるのだ?」
宮内大臣になったとはいえ、まだ15歳にしか過ぎず、侯爵家の世子であり伯爵ではあるが、それ以上の上級貴族はこの王都だけでもそれなりにいるのだ。それゆえに、今のままであれば、もっと上の上級貴族に圧迫されれば、潰されるのではないかとクロードは考えていた。
すると、ヒースは態度を一転させて、クロードに懇願した。「今度のバルムーア征伐の指揮を執らせてもらいたい」と。
「バルムーア王国をこの手で滅ぼす。そうすれば、だれもワシには文句は言えまい?」
確かにそうかもしれない。その武功があれば、最早誰も文句は言えないだろう。
そして、自信満々にそう言い放ったヒースを見ていれば、本当にやり遂げるのではないかと思い、つい許可を出したくもなる。だが、クロードはこの国の宰相なのだ。国の命運を左右する決断を感情に流されて行ったりしない。
「そこまでいうからには、具体的なプランはあるのだろうな?」
そうして、まずは勝てるだけの根拠を示せと、ヒースに命じた。すると、彼はここだけの話と言いながら……クロードが青ざめるほどの非道な策を提案したのだった。
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