第150話 悪人は、問題解決の思わぬきっかけを掴む
「それにしても……」
ここにきた目的を果たして、ヒースは帰る前にと教如に訊ねる。それは、どういう経緯でこの世界に転生したかということだ。
「ここの世界に転生させていた女神は、ワシに手籠めにされて今ではこの世界に暮らしている。だとすると、お主をこの世界に転生させた者は別の者となるわけだが……」
自分の事情を包み隠さずに話したうえで、何か覚えていることはないかと、ヒースは訊ねる。だが、教如は首を左右に振った。
「いえ、そもそも、前世の記憶が戻ったのも父母が目の前で死んでショックを受けてからのようでして……」
「ようでして、とは……?」
「実は、それ以前の記憶がないのですよ」
教如は少し切なそうにそう答えた。何しろ、日の本で病にかかって「もうこれまで」と目を瞑った次のシーンが……槍で串刺しになった父親の姿と明らかに乱暴された上で殺された母親の姿だったのだ。そして、それを聞いたヒースも何とも言えない表情を浮かべた。
「おそらくは、前世の死後、記憶は消されたのでしょうな。ただ……」
「両親の無残な死を目撃して、何かが起こって偶然に目覚めたということか……」
それはどういうことを意味するかはわからない。ルキナに聞けば何かわかるかもしれないが、いずれにしても、教如は転生神殿で何があったのかという点は覚えていないようだ。
(それならば、仕方ない)
ヒースはそう思って、話題を変えることにする。まずは、教如のことを何と呼べば良いのかという……基本的なことだ。
「いくらなんでも、お主も教如とは名乗っていないのだろう?」
部屋の外に出れば、アーベルもいるし、教団関係者もいる。それゆえに、そこは最低限押さえておく必要があると考えて、ヒースは訊ねた。すると、教如は言う。「今は、ローザ・アドマイヤーと名乗っている」と。
「どうやら、これが今のわたしの本名のようなので」
そう言って教如改めローザは、手元に残っていたという身分証をヒースに見せた。血痕のあともあり、汚れてはいたが……そこに書かれていた内容に、目を丸くさせて思わず口にしてしまった。
「ガーゼル・アドマイヤー……」
姓については知らなかったが、父親の欄に記載されているその名前の方は、教会で揉めたエリザの父親と同じであった。それだけであれば、ただの偶然の一致だと思えたのだが、末尾に記されている領主のサインが父オットーのものであるのだから、まさかと思いもする。
その上、面影もエリザと似ているといえば似ているわけで……
「もしかして、腹違いの姉がおるのではないのか?」
ヒースは、その想いが強くなって、先程覚醒前の記憶を失っていると聞いているにもかかわらず、ローザに問い質した。しかし、当然だが答えが変わるはずもない。彼女は「わからない」としか答えようがなかった。
「まあ……仮に姉がいたとしても、今の自分には関わりなきことかと」
最終的にローザはこう言って、話を打ち切ろうとした。記憶がないのだから、会ったところでどうしたらいいのかわからないからと。しかし、ヒースは縋るように頼み込んできた。「そうは言わずに、一度会ってもらいたい」と。
「実はな、お主の姉だと思う者がワシの今世においては正室なのだが……」
ヒースは事情を説明した。浮気相手に子供が先にできてしまったため、彼女は今、気鬱の病にかかっていることを。
「……最低ですね」
「そう冷たく言ってくれるなよ。……それでだ。妹が生きていると知れたら、少しは元気になるのではないかと思うのだ」
冷たく軽蔑する眼差しを向けられても、ヒースは一顧だにせずに頭を下げて頼み込んだ。こうなると、ローザとしても断り辛くなる。ただ、本当に姉妹なのかは自信が持てない。
「ですが……違っていたら……」
逆に辛い思いをさせるのではないか。そう思って、もう少し慎重に調べてからでもいいのではないかとヒースに伝える。第一、今の自分は王国政府から指名手配がかかっているのだ。それなのに王都へのこのこと赴けば、何をされるかわかったものではない。
要は時期早々だとヒースに告げた。
「わかった。本当の姉妹かどうかの確認とお主の恩赦については、ワシが責任を持って当たろう。だから、すべての条件が整った暁には……」
「そのときは、エリザ様にお会いしましょう。ただ、もしかしたら、わたしの教えに感化されてしまうかもしれませんが?」
「何とかしてくれるのであればそれでも構わん。とにかく、妻の心を救ってもらいたいのだ」
少しの躊躇いも見せずに、そう告げるヒースの姿に、ローザの心は動いた。
「わかりました。その折は微力ではございますが、協力することを約束しましょう」
彼女はそう言って、快く申し出を受諾したのだった。
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