第149話 悪人は、寺を焼くと脅した
「な……なんだと!あの糞漏らしの家康が天下を取っただと!?」
前世で本願寺の跡取り息子だった教如が女の子として転生したことにも驚いたヒースであったが、彼……いや、彼女の口から伝えられた『その後の日本史』には、こうしてもっと驚いたのだった。
何しろ、松永久秀が生きていた時代では、徳川家康は遠江、三河の大名に過ぎず、しかも織田信長の盾として使い潰されている子分でしかなかったのだからだ。
「まあ……信長は碌な死に方はせぬだろうとは思っておったが……」
それでも、誰がこの結末を予想できただろうかとヒースは思う。この世界に同じように転生しているかは不明であるが、武田信玄や上杉謙信などが知ったとしても、きっと仰天したのではないかと。
ただ……いつまでも過ぎたことを話していても前には進めない。彼女の計らいでこの部屋には他に誰もいないこともあり、ヒースは単刀直入で教如にこの教団がかつての一向宗のように一揆を起こすつもりなのかと訊ねた。
しかし、教如は首を左右に振った。
「とんでもありませんよ。若い頃ならいざ知らず、今のわたしは穏やかに暮らしたいのです。一揆などとは……」
「だが、言っていることとやっていることが違うのではないのか?」
事実、このアルデンホフ領の大半は、教如が率いる教団によって支配されているのだ。領主となったヒースにとって、これは反乱以外の何物にも見えないと告げた。もちろん、そのことは教如も素直に認めた。「それはわかっている」と。
「ですが、ここに住まう民たちにとって、他に選択肢がありましょうや。領主さまが亡くなられてからすでに5年余り。誰も相続されなかったこの領地は、前にも増して教会関係者が好き勝手をして、王都から派遣された代官はそれを見て見ぬふり。挙句、海賊の襲撃を何度も受けて……」
そのときの惨状は直視できない程悲惨なものだったと教如は言う。そして、その渦中で、この世界における両親を失ったことも。
「弾正様。火の粉が降りかかっているのに、座して来るはずもない助けを待つわけにはいかぬでしょう?だから、我々は自分の手でその火の粉を払うために立ち上がらざるを得なかったのですよ」
それゆえに、教如はこの世界で戦うために多くの者に呼びかけて、教団を立ち上げたのだと言った。権力者やならず者たちから突きつけられる理不尽な要求を自分たちの力で蹴飛ばすために。
「それで……これからどうするつもりだ?」
「どうするとは?」
「使いの兵には伝えたが、ワシはこの度このアルデンホフ領の領主となる。つまり、従うか、それとも従わないかだ」
事情は理解したが、それは今までのことだと区切りをつけて、ヒースは教如に問うた。すると、彼女は従うにあたっての条件を告げてきた。
「まず、わたしの教えを信じている者たちを弾圧しないこと」
「よかろう。いずれこの領の法律を定めることにするが、それに違反しない限りは信仰の自由を保障しよう」
「あと、税は1公9民とし、現在、領の運営に携わっている者たちをそのまま役人とすること」
「1公9民とは大きく出たな。大体、領の運営に携わっている者たちをそのままにするということは、この地をこれまで通り教団が支配するといっているようなものではないか」
ヒースはそう言って、この提案の受け入れは拒否した。これでは全く領主となったメリットがないからと。その上で、ぽつりと零す。「やはり、寺は燃やさねばならぬか」と。
「だ、弾正様……?」
「教如よ。どうやら、その方は忘れておるようだから思い出させてやるが、ワシは大仏殿を焼いた男だぞ。従わぬというのであれば、是非もない。おまえの寺も信者たちも全部燃やそう。……それでも構わぬのだな?」
その反論は認めないというような威圧感に、教如は自分が如何に危険な男を相手にしていたのかと思い出して、息を呑んだ。前世の父が「絶対に敵に回すな」と言っていた意味を理解した。
「め、滅相もございませぬ。今の話は冗談でございますよ……」
教如はそう言って、話を有耶無耶にして誤魔化そうとした。すると、今度はヒースの方から提案した。
「税は3公7民。但し、領の運営に教団が加わることを認める。さらにこの領都に立派な寺院の建立も認めよう」
それならどうだと言うヒースに、ここが潮時だと感じて教如は受け入れた。こうして、アルデンホフ領の混乱は、周囲の思惑とは大きく外れてあっさり解決してしたのだった。
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