第148話 悪人は、謎の宗教組織に潜入する
「あの……お義兄さま」
「なんだ?アーくん」
「僕たち、学校に行かずにこんな所に居ていいのでしょうか?」
平日の昼間。王都を前日の夕方に出発して、およそ18時間かけて二人が辿り着いたこの場所は、アルデンホフ領の領都であるアルデバランの入口だった。そして、こんなところにいるということは、今日の学校は当然サボりだ。
しかし、ヒースは何も問題ないと言う。
「大丈夫だ。教育大臣には宰相閣下からよく言って下さる手筈となっておる」
そう言って、今回の旅はあくまで公務だと説明した。ついでにいえば、きちんと手当出ると。
もちろん、そんなはした金には興味はないが、欠席扱いにならないのであれば、アーベルの方も異論はない。改めて、今回の目的を確認した。
「ひとまず町に入るとして、どうされますか?」
何しろ、この領都はすでにアドマイヤー教の教団によって支配されていて、領主館にも教会にもこちらの味方になる者は残っていない。
「そうだな……」
だから、ヒースも考える。ここに来た目的は、この教団の実情を知るためではあるが、どうせならば、今後に繋がる有意義な訪問にしたいと。そのためには……
「まず、酒を飲みに行こう!」
そこならば、この町の住人の本音が聞けるだろう。場合によれば、有意義な情報もあるかもしれないとヒースは言った。もちろん、アーベルもそのことを理解して、反対することはない。
ただ……酒場に行くまでに、ヒースの目には十分すぎる情報が飛び込んできた。
『南無阿弥陀仏』
そう書かれた旗を掲げた民兵たちが大通りを闊歩しているのが見えたからだ。
「ま、まさか……」
「どうかされましたか?お義兄さま」
旗の文字はこの世界に存在しない『漢字』であるため、アーベルにとってはただの奇妙な絵面程度にしか見えなかったが、ヒースは違う。その旗の文字を理解して、アドマイヤー教の正体を知る。
(一向宗のようだと思っていたが……本当に一向宗だったとはな……)
だが、そうなるとその教主というのは、確実に日の本からの転生者であろうことも合わせて理解した。それならば、一度会っておこうとヒースは思った。
「なあ、アーくん。虎穴に入らざれば虎子を得ずだ」
「はい?」
一体何を言っているのだろうかと思っている間に、ヒースは懐からメモ帳を取り出して、何やらそれに書き込むと、民兵たちに向かって言い放った。
「ワシは、此度この地の領主となったヒース・フォン・ルクセンドルフだ。おまえたちの教主殿に会いたい。案内してくれんか?」
それはまさに正々堂々、直球の要求だった。但し、応対に来た民兵に今書いたばかりのメモをこっそり渡して。
「ちょ、ちょっと、お義兄さま!?」
いくら何でも無茶が過ぎると思って、アーベルはヒースの言葉に頭を抱えたが、かといって今更取り消すこともできず、また見捨てて逃げるわけにもいかない。抗議の声を上げたものの、次の瞬間覚悟を決めた。
だが、意外なことに民兵たちはヒースたちに刃を向けるようなことをしなかった。ヒースから受け取ったメモを見た指揮官が、その動きを制止したのだ。
「少々お待ちいただきたい。教主様に相談してまいりますので」
そのうえ、対応はいたって丁寧で、アーベルは拍子抜けした。
「こ、これは、どういうことなのでしょうか……?」
「簡単なことよ。ワシらは別に敵対しているわけではないし、やつらも王国にまだ敵対する段階ではないからのう」
ヒースはそう言って煙に巻いたが、真相はメモに日本語で「松永弾正参上」と書いたのだ。仮にそれが誰だか知らなかったとしても、故郷の文字を書く人間を教主とやらが粗略に扱うとは思えないと考えて。そして……
「まことに……弾正様で?」
そこに現れたのは、年端も行かない少女だった。ただ……その親しみを込めた表情からは、前世で顔見知りだったのだろうと推測できた。
「ええ……と、そなたは?」
「あ……そういえば、この姿ではわかりませんよね」
少女はそう言って笑ったが、その表情もどこかで見たような気がして、ヒースの心をざわつかせた。しかし、彼女の口から出た前世の名は、それをはるかに超えるほどのインパクトがあった。
「教如ですよ。ほら、子供の時に何度か茶の湯を教えていただいた……」
「うそ……」
流石のヒースも、その答えには言葉を失ったのであった。
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