幕間 技術者たちは、運命を選択する

ああ……どうして、こんなことになってしまったのだろう。


ここは陽のあたらない地下の牢獄。勇者召喚の魔法陣を改良した技術者の一人であるクレマン・オズワルドは、同じように絶望の中で処刑の時間を待っている同僚たちに目をやり、ため息をついた。


だが、それは彼に限ったことではない。ため息などマシな方で、同じような自問自答の挙句、泣き出す者や気が狂ったように笑い出す者さえこの部屋には存在する。


「なあ、どうして俺たちが処刑されなければならないんだ!俺たちはただ上司の命令に従っただけだろう!?」


そして、このような今更言っても仕方がない泣き言を喚き散らす者も……。


(局長がバランド侯の従弟だったからな……。それが運のツキといえば、そうなのかもしれないが……)


同僚の嗚咽を耳にしながら、クレマンは無機質な天井をぼんやりと見上げながら考える。それでも辞める機会はなかったわけではなく、実際にバルムーアが降伏した際に離れていった者も少なからずいたことを思い出しながら。


つまり、あのときが運命の分かれ道だったのだ。


今更言っても仕方がないが、それでもこの道を選択したのは、ひとえに自分たちが改良した魔法陣で勇者を召喚できるのか、それをこの目で見たかったからに他ならない。


(だったら……仕方ないか)


今世に未練がないわけではないが、実際に魔法陣は発動して、この世界に勇者は召喚されたのだ。その者は、バランド侯の思惑通りには動かなかったが、それでも召喚はされたのだ。


ゆえに、クレマンは技術者として満足していた。だから、静かにこうして壁にもたれて、その時を待つ。その時とは即ち、この牢から出されて処刑される……その時だ。


「ん?」


しかし、その時は突然やってきた。……とはいっても、処刑される「その時」ではない。急に床に魔法陣のような紋様が浮かび、そして光を放ち始め……気がつけば、クレマンとその他同僚たちは、明らかに牢とは異なる場所にいた。


「こ、これは……」


思い当たるのは召喚術だ。一瞬見えた紋様は、数日前に自分たちが発動させた勇者召喚の魔法陣と似ているような気がした。だが……調べる術はない。魔法陣は既に消え失せていた。さらにいうと……


「ようこそ、魔王国へ。歓迎するわよ」


目の前に笑顔で話しかけてくる美少女は、手が人よりも多く、お尻にまるで蜘蛛のお腹のようなモノがついていた。


「ま、魔族……?」


誰かがそう言ったが、おそらくその認識で間違っていないだろうとクレマンも思う。それに今、「ようこそ、魔王国へ」といわれたのだ。つまり、ここは魔族の国であり、自分たちはあの牢から召喚されたのだと推測した。


餌にするつもりなのか、それと他の思惑があるかはわからないが。


「話は聞いていると思うけど、あなたたちにはこれから勇者に対抗する人材を召喚してもらいます」


「勇者に対抗する人材?それは一体……?話って何?何も聞いていないんだけど……」


「へ?聞いていない?ホントに?」


「ええ……我々は処刑されるとしか聞いてはおらず……」


動揺する同僚を見かねて、クレマンが代表して蜘蛛娘と会話し、そう答えると……その蜘蛛娘は急に怒り出した。


「あのお爺ちゃんは!ホント、ボケて困ったものよね!あれほど大事な話だから伝えてって言ったのに!!」


ただ……美少女は怒ってもかわいいようだ。愛嬌があって、つい見惚れてしまう。クレマンは少し警戒を緩めて、彼女の怒りを宥めにかかる。


「まあまあ、どこの世界にも手違いはあるというものですよ。それで……我々に何をさせたいと?」


「勇者に対抗するための人材を召喚してもらいたいのよ。今度の勇者は、化け物だからね。うちとしても、呑気に放置するわけにはいかないのよ」


だから、異世界から勇者よりも強い人材を召喚し、対抗する駒としたいと蜘蛛娘は言った。


「もし断れば?」


「そのときは、心配しなくてもあの牢に返してあげるわ。大丈夫よ。ここで餌にするなんて言わないから」


蜘蛛娘はかわいらしくコロコロ笑いながら、クレマンにそう告げたが、もちろん牢に帰ったところで待っているのは「死」の一択である。


(つまり、命を取って魔族に寝返るか、人族の誇りを取って死を選ぶか……どちらか選べということだな……)


心を落ち着かせて、それから皆に問う。どうするかと。


だが、答えはわかりきっていた。誰も死にたくはなかった。ゆえに、蜘蛛娘の提案を受け入れることにした。


「OK。賢明な選択よね」


それじゃ、これからよろしくと差し出した手を握り、クレマンは訊ねる。「あなたの名前は?」と。


「あら?ナンパかしら?まあ、仕方ないわよね。わたしってかわいいし」


「いや……そうじゃなくて……」


自意識過剰が過ぎるだろうと少し呆れていると、彼女は告げてきた。「アカネよ」と。

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