第213話 悪人は、裏取引に応じる
結論から言うと、バランド侯と彼が直接声を掛けて協力関係にあった旧バルムーア貴族は、その三日後に王宮前広場に設けられた断頭台で全員処刑され、ベッケンバウアー枢機卿はその身柄を教皇庁に送られることとなった。
但し、その一方でブルボン辺境伯と彼が直接声を掛けて参加させた旧バルムーア貴族は許されて即時釈放されることになった。
「本当にいいのか……?」
縄を解かれて王宮から出るように命じられたブルボン辺境伯は信じられないようにそう呟いたが、リヒャルトとジャンヌの結婚を両国融和の象徴とするために、バルムーア側の王族が謀反に加わっていた汚点を消さなければならない……というのがヒースの答えだった。
次はないぞと念押しはするが、こうして謀反に加担したこと自体がなかったことになって、辺境伯とその仲間たちは、家族が待つ家に帰ることができたのだ。
だが……もちろん、これには裏がある。
「ありがとうございます、摂政殿下。取引に応じていただいて」
あの中庭でのひと悶着からおよそ3時間が経ち、ヒースの執務室に現れたジャンヌは、中庭で見せた不遜な態度を一転させて丁寧に礼を述べた。その隣には、間を取り持ったラクルテル侯爵も共にいる。
つまり、全ては巧妙に仕組まれた茶番劇だったのだ。シャルル元王太子やジャンヌがあの場に罪人として引きずり出されていたのも、それを救うためにリヒャルトがラクルテル侯爵に誘われてあの場に現れたことも……。
そして、その茶番劇の台本を書いたのは、何を隠そうこのジャンヌであった。彼女は勝手なことをしたブルボン辺境伯に怒りを覚えつつも、自分たちを巻き込もうとはしなかったその忠誠心は評価して、救いの手を差し伸べたのだ。
将来、王国を再建する機会を得たとき、役に立つ駒になると評価して。
「しかし、よかったのか?リヒャルトは若そうに見えるが、38歳のおじさんだぞ。前にも言うたが、ワシが貰ってやってもよいのだぞ?年も釣り合いが取れているし……」
「あら?奥様に殺されるのでは?」
「いや、あれは言葉のあやだ。殴られたり、毎晩靴の中に画鋲を入れられるような嫌がらせは受けるかもしれぬが、殺されたりはせぬよ。だから……」
もし、ジャンヌさえよければ、リヒャルトから寝取っても良いとヒースは言った。何しろ、彼女には同じ王女でもルキナとは比べ物にならない『気品』というものがあって、顔も美形で色白でスタイルも抜群に良いのだ。ゆえに、このまま渡すのは勿体ないという気持ちも、当然わいてくるのだ。
しかし、ジャンヌは笑って取り合わない。
「ダメですよ。情に流されて、重要な政策を覆したりしては。リヒャルト殿下の首に鈴を付けたいのでしょ?王家から離反させないために」
「それはそうだが……」
これからリヒャルトの元に嫁ぐ彼女の役割は、いわば思想誘導だ。摂政を下りたとはいえ、王位継承順位が高い彼は、いつどこで甘い言葉に惑わされて謀反の旗頭になりかねない。つまり、そうならないように妻として適切な助言を行うことが求められているのだ。
そして、これこそがヒースが彼女の思惑に協力した見返りだった。
だが、それは別にジャンヌでなければならないわけではない。旧バルムーア王家との融和の象徴とするにしても、他に未婚の女性王族はいないわけではないのだ。それなら、「他の者に代わってもらう選択肢もあるのではないか」と、ヒースはなおも未練がましく提案する。
すると、今度はラクルテル侯爵がため息をついて諌言する。
「殿下……もう決まった話ですよ。もし、覆したりすれば、本当にリヒャルト殿下との間に不要な溝が生まれるのでは?お気持ちは十分わかりましたから、もうそのへんで……」
すでに事態は動き出しているのだ。ジャンヌの言うとおり、最早個人的な感情で考えるべきではないとして、いい加減諦めるようにと告げた。
「し、しかし……ジャンヌ殿は本当に良いのか?もう一度言うが、あれはおじさんだぞ?きっと加齢臭も酷いし、あちらの方も満足にはいかぬと思うが?」
「ふふふ、酷いことを言われますね。わたしは、別に年の差なんて気にしませんし、もしそうだとしても、何とかしてみせますわ。調べた限り、摂政殿下と違って野心もなく、穏やかな性格の様ですから平穏に暮らせそうですし……」
厄介な点があるとすれば、自分に夜這いをかけてきそうな義理の息子がいることかしらとジャンヌはからかった。
「ダメよ。ワンチャンあると思って、忍び込んできたら」
そんなことをすれば、奥さんに言いつけるからねと、悪戯っぽく言う彼女にヒースは言葉を詰まらせ……ヒースはついに説得を諦めたのだった。
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