幕間 ご隠居たちは、公園のベンチで世間話に興ずる

「おや?これはローエンシュタイン公。随分とお暇なようですなぁ」


それは、昼下がりの午後の事。公園のベンチに座り、鳩に餌をやっているローエンシュタイン公クロードに声を掛けるものがいた。彼が振り返ると、そこには長年対立してきたティルピッツ侯ウィルバルトが憐れむような眼差しを向けて立っていた。


だが、クロードは動じることなく、逆に言い放つ。「貴殿だって同じだろう」と。


「そうだな……おっしゃる通りだ」


そう言いながら、ウィルバルトはクロードの隣に座る。ヒースによって宰相と内大臣の役職を解かれた二人は、こうして家に居ても手持ち無沙汰となり、居づらいから毎日王都の至る所を彷徨っているのだ。


そして、その先々で何度も遭遇しているので、互いの事情はよく把握している。


「聞いたぞ。家督はご子息のアントン殿ではなくて、孫のルドルフ君に譲るんだってな。まあ、アルデンホフ公との関係性を考えれば、有りだとは思うが……」


それでよく揉めなかったなというクロードに、そうでもなかったと答えるのはウィルバルトだ。


「まあ、息子としたら冗談じゃないわな。やっと自分の時代が来ると思ったら、飛ばされるんだから。実は、あともう少しで殺されるところだったわい」


「それはまた……」


軽口の世間話のつもりだったのに、思った以上の重い話が飛び出してきて、クロードは驚いた。ただ、同時に……もし、そのようなことになっていたら、間違いなく改易になっていたとも思い、どうやって防がれたのか訊ねた。すると……


「クリスティーナだよ。あやつが倅を説得してくれたのだ」


ウィルバルトは、ためらうことなくそう答えた。


「なるほど……あの女傑が言うのなら、誰も逆らえそうにないな……」


「ああ。実際にかなりえげつない脅迫資料を用意していたそうだ。表に出れば、一発で嫁に離縁状を叩きつけられるような……そんなネタだ」


そして、どうやら本能的にそれを予感したようで、結局、アントンは折れて、家督はその息子であるルドルフに継承されることになったと、ウィルバルトは話した。


そのうえで、今度はそちらの番だと言わんばかりに切り返す。裏切った婿との関係も含めてその後どうなのかと。


「そうだな……実はあれ以来口を利いていない」


「ほう……それはまた……」


「だって、長年目をかけて、娘までくれてやったというのに、ワシを裏切ったのだぞ。許せるはずがなかろう」


「だが、今やその婿殿は宰相閣下だ。このままでは、後を継がれるご子息が迷惑するのでは?」


ローエンシュタイン家の家督は、ティルピッツ家とは異なり、順当に嫡男カスパルが継承することになっていた。彼は姉の婿であるクライスラー侯と仲が悪いわけではないが、それでも父親の気持ちを無視してこれまで通りの付き合いができるかといえば、難しいのではないかとウィルバルトは指摘した。


「そうだな……確かにうちの倅なら、ワシの顔色を窺っているだろうな……」


カスパルは今年30歳。任せている領地の管理も大過なく務めていて、公爵家の跡取りとしては申し分ない。……が、自分が先頭に立って物事を進めるタイプではない。ゆえに、クライスラー侯との付き合いも父親に判断を委ねようとしてもおかしくはなかった。


だから、このままクロードがクライスラー侯との関係を悪化させれば、それがそのままローエンシュタイン家の未来に影響を与え、碌な結果にならないことが予測できた。


「わかった……意地を張るのはそろそろやめよう……」


「それが賢明だろうな。悔しいだろうが……」


そう言って、ため息をついたクロードを励ますように、ウィルバルトはその肩をポンポンと叩いた。


「なにするんだよ。気持ち悪いなあ」


「はあ?可哀想だと思って励ましてやろうと思ったのに、なんだその口の利き方は」


「誰も頼んではおらんわ!」


クロードは余計なお世話だと言わんばかりに、その手を払いのけるが、顔は笑っていた。ゆえに、ウィルバルトも気にすることなく、笑いながら話題を次に移す。


それは……自分たちを追いやったヒースのことだった。


「なあ……付き合いは公の方が長いだろう。あやつがワシらを追い出したのは……やはり首に鈴を付けようとしたことに対する不満からか?」


「まず間違いないだろうな。勇者を対抗馬に立てようとしたのだから……」


「それなら、怒っておるかのう……」


ウィルバルトは実のところ不安であった。孫が友人関係にあるからと本当に安心していいモノなのかと。だが、クロードは明確にそれを否定した。


「それはおそらく大丈夫だろう。本気で怒っているのであれば……解任では済まなかったはずだ」


自らの首を手で斬るようなそぶりを見せて、彼は言う。つまり、そのつもりであったならば、あの場できっと殺されていたはずだと。


「だから、こうして生きているということは、一応はこれまでの縁を考慮してくれたのだろうよ。だが……次はないと思っておいた方が良いな」


事実、この公園の周辺にはお互いに付けられた監視がウロウロしている様子が窺える。もし、よからぬ企てをしようものなら、即座に彼らは主の元に報告に向かうだろう。そうなれば……。


「なあ……これからも、表向きは変わらず仲が悪いままで……」


「そうだな。その方が賢明のようだな……」


折角、長年の蟠りを解消する機会ではあったが、二人は背筋に冷たいものを感じて、改めて対立関係を継続することを確認した。仲良くこうして話し合いを重ねれば、謀反をたくらんでいると疑われかねないと気づいて……。

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