第73話 悪人は、妹を虐める奴を許さない
「よう、ヒース。久しぶり!」
教室に入るなり、ルドルフが話しかけてきた。久しぶりというが、夏休みに一度伯爵領の方に遊びに来ていたので、3週間ぶりといったところである。
「なあ、カリンちゃんも来てるんだろ?今宵、俺の所に夜伽に……」
伯爵邸に泊まった時に顔合わせを済ましていたから、覚えていたのだろう。だが、これは悪手だ。ヒースは呆れるように告げる。
「はあ……またやかれたいのか?」
「う、嘘だよ!冗談だっておまえもわかってるだろうが!だから、そんなに……」
怒るなよと言いかけたところで、ヒースはルドルフの後方を指差した。憐れむような顔をして。ゆえに、嫌な予感がしてルドルフは振り返ると、今にも泣きそうにしているユリアの姿がそこにはあった。
「ユリア……これは毎年やっている恒例の冗談でだな……」
ルドルフは慌てて弁明を試みるが、彼女は瞳に涙を湛えたまま、教室から飛び出していった。同時にクラスの女子から「最低……」とかいう声が漏れ聞こえてくる。
「だから言っただろ。妬かれると……」
「ま、待ってよ!とにかく話を聞いてくれよ!」
馬鹿なことをしたもんだと呆れるヒースを最早相手にする余裕はなく、ルドルフは彼女の後を追いかけて教室を飛び出した。出て行ったユリアの行き先は、おそらくD組だ。そして、独りぼっちになったヒースはゆっくりと席に座った。始業まではまだ時間がある。そう思いながら。
「ヒース様!大変です!」
そうしていると、エリザが教室に駆け込んでくるなり、いきなりそう告げてきた。何事かと思って続く報告を待っていると……
「カリンちゃんがクラスの女の子たちに連れていかれたようです!」
「なにっ!?」
その口から飛び出した驚愕の事実に、ヒースは立ち上がった。
「どこに連れていかれたのだ?」
「講堂の裏手です。手の者には、危害が加えられそうになったら、助けに入るように命じておりますが……」
それでも、ここは学院の中であり、しかも相手は上級貴族である可能性が高い。なるべくなら、その者らが手出しするような事態にならない方が望ましい。ゆえに、ヒースは動く。
「エリザ、行くぞ」
「はい!」
そして、二人はカリンが連れていかれたという講堂の裏へと駆けつけた。そこには、彼女を囲うようにして、5人の少女が立っていた。連中は怯えるカリンに何かを言っている。
「おい、おまえら!うちの妹に何しやがる!」
ヒースは少し距離があったが、連中に聞こえるように叫んだ。すると、振り返った幾人かが驚いた表情を見せた。しかし、それはヒースに対してではない。
「ま、まずいですよ!クラウディア様ぁ!!あれは……あのお方は、『完璧令嬢』ですよ!!」
どうやら、エリザの方を指差して恐れているようだ。ヒースは地味に傷ついた。だが、そう言っている間にも、彼女たちはカリンを置き去りにして反対方向へ逃げにかかる。『完璧令嬢』というのが何かはわからないが、その知名度の威力は抜群のようだ。
「え……?」
しかし、簡単に逃走が許されるのなら、そもそもそんなに恐れられたりはしない。ヒースの横にいたはずのエリザは、いつの間にかクラウディアらの行く手を阻むように立ち塞がっていた。そして、あっという間に5人をその場に転ばせて手際よく手首を縄で縛る。
「さあて、教えてくれませんか。わたしの可愛い義妹に何の御用があったのかしら?」
一見優しそうに微笑んでいるように見えるが、目は笑っておらず、まだ10歳に過ぎないお子様たちには少々強烈だったようだ。やはりというか、5人は耐えきれずに泣き出してしまった。
「あ、あの……ごめんなさい。そんなつもりでは……!」
まさか、このような展開になることは予想ができていなかったのだろう。今度はエリザが慌てる。ポケットから飴を取り出しては、これで泣きやまそうとするが、効果は発揮しない。そうしていると、そこに教師が駆けつけてきた。
「おまえら、一体なにをやっておるか!」
おそらくだが、彼には上級生が新入生を虐めているようにしか見えないだろう。そう思ったヒースがエリザを庇うように立ちはだかった。
「先生、これはいたずらをした下級生をちょっと躾けているだけですよ。だから、どうか教室へ御戻りを」
不敵な笑みを浮かべながら、ヒースは強気で教師に告げた。だが、もちろんそんな説明で納得する者などいない。
「躾けてるだと!?おまえは一体なにを……」
教師はなおも言いつのろうとした。虐めているのではないかと。
しかし、ヒースは言う。「何なら先生も一緒に躾けて差し上げましょうか」と。その言葉に教師は思い出した。3年前に気に食わないという理由で担任教師を手にかけて、それでもなお当時の学院長を黙らせて、お咎めなしの裁定を引き出した『魔王』と呼ばれている生徒のことを。
「わかった。君がそう言うのならば、任せることにするよ」
教師といえども命は惜しい。突然、物分かりが良くなったその教師は、彼女たちとヒースたちの担任には伝えておくと言って、その場を去っていく。一方で、助けてもらえると思っていた少女たちの顔色は、絶望に染まった。
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