第205話 悪人は、用済みの味方を消す算段をする

「そうなのだよ、エリザ。どうやらワシは嵌められたらしい」


リリスとの結婚式から一夜明けて、王都リンデンバークに戻ってきたヒースは、早朝にもかかわらずこうしてエリザに愚痴を零していた。しかも……殺したはずの連中もいつの間にか復活していたと付け足すことを忘れずに。


「えぇ…と、蘇ったのですか?」


それは、本来であればあり得ない話だ。カリンが目指している『聖女』であっても、それは不可能だとエリザは知っている。ゆえに、驚いたのだ。魔族の国の魔法力の高さに。


しかし、ヒースは首を振ってこれを否定した。これには仕掛けがあったと伝える。


「広間の床に魔法陣が描かれていてな。本来は鍛錬用に使っているそうだが……その部屋の中であれば、事前に設定していた時間における体の状態に戻すことができるそうだ」


「つまり、死んだはずの者たちの体も、それで元通りになった……そういうことですか?」


「ああ、そのようだ。だから、あのような馬鹿げたこともできたというわけだ。……くそ。知っていれば、まず魔法陣の破壊から始めていたのに……」


非常に悔しそうにするヒースを見て、苦笑いを浮かべるエリザ。ただ、こうして罠に嵌められた以上、最早後戻りはできないし、手遅れだ。『大魔王松永久秀』の名は、いずれこの人族の世界にも伝わってくるだろう。


「でもまあ……『松永久秀』という名前なら、問題ないのでは?この世界では誰もそれがヒース様の前世とは思わないわけですし……」


「そうだな。それが救いであると言えば、救いだが……」


しかし、そのときヒースは不意に胸騒ぎを覚えた。後々、災いの種になるような……そんな感覚だった。こんなときは、放置するとロクなことにはならないのだが……


「いかがいたしましたか?」


「なんでもない。気のせいだから、忘れてくれ」


どのみち、胸騒ぎを覚えようがすでに手遅れなのだ。ゆえに、魔王城での話はこれまでとして、本日の勇者召喚に関する段取りをヒースはエリザと共に確認した。


「儀式の開始は午後2時で、バルムーアの連中が橋を落とすのは、それから30分経過したタイミングの様ですね」


ヒースが留守の間に追加で届けられた報告書の内容をエリザは伝えた。すると、ヒースははっきりと明言した。


「くれぐれも、爆破を妨害させるなよ。奴らには心残りがないように暴れてもらわなければならんのだ」


入手した計画では、バルムーアの残党共は橋を爆破した後、大聖堂になだれ込んでリヒャルトら政府首脳を殺害するとなっていた。それは、ヒースにとっても望むところだ。邪魔をする理由は何も存在しない。


「しかし、確かに橋を爆破すれば、大聖堂のある中州からの脱出は不可能となりますが……それでも、リヒャルト殿下たち政府首脳の周囲には、精鋭の護衛が多数居るはず。……かないますか?」


一方で、エリザはその点を指摘した。今回の召喚儀式は、一般人も観覧することはできるという話になっているが、そのため要人警護の体制は厳重だったりするのだ。リヒャルトらの座る特別席の周辺には、近衛兵が20人ほどいるし、大聖堂の内に100、外には、あと2千程の兵が配備される手筈となっていた。


そして、バルムーアの残党勢力は、橋の爆破にあたる者たちを含めても、200を超えるかどうかというラインだ。


「普通ならば、かなわんだろうな。ただ……それは連中だってわかっているだろうし、その上でやれるという公算があるから、このような企てをたくらむのではないのか?例えば……召喚する勇者を確実に味方にすることができるとか……?」


「あり得ない話ではないかもしれませんね。召喚の魔法陣は、バルムーアで研究されていたそうですし。ですが……そうなると……」


「火事はボヤで済まなくなる可能性があるな。だからな……こうするのよ」


ヒースはそう言って、【変身魔法】を唱えて、前世の姿に変化した。但し、大魔王の姿とは異なり、爆死する寸前の老いた姿であったが。


「表向きワシは腹を壊していることにするが……この姿で大聖堂の中に入ろうとは思う」


そして、予想通りバランド侯らが勇者を思うままに操るようであれば、リヒャルトらが殺されたのちに勇者もろとも闇討ちすると言った。これで邪魔者は全ていなくなると悪そうな笑みを浮かべて。

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