第249話 悪人は、婚約解消の原因を知る
「なあ、ディア。あれは一体どういうことなのだ?」
妙な雰囲気となり、宴が半ば強制的に終了となった後、ヒースは別室にクラウディアを呼んで事情を訊ねた。直前まで供にいた彼女ならば、何か知っているだろうと察して。
「実は……」
すると、クラウディアは重い口を動かして、その背景となった事件をまず説明した。それは、勇者義輝に託したはずのハインリッヒの子が殺害されたことに起因していると。
「ヴィアは、完全に導師を出し抜いたと思っていたはずです。そして、遠い異国の勇者の元なら、王子の身は安全だと」
「だが……そうではなかったな。義輝の周りには、ワシの息のかかった者たちを置いておるからのう」
昨年春に預けていた地方貴族の屋敷から攫われた王子は、つい半年ほど前に義輝が目を離した隙に殺される結果となったのだ。もちろん、ヒースの命によって。
「しかし、ワシが黒幕であることをオリヴィアは知らなかったのだな。その様子では、その方も伝えなかったということか」
「はい。わたしが導師を裏切るということはあり得ませんので。ただ……そうなると、どうしてもヴィアの誤解を正すこともできず……」
クラウディアは言う。その結果、オリヴィアは情報を漏らしたのが今日ハインリッヒの側に侍っていた愛妾であると疑わなかったと。
「そうか……それは、そなたにも辛い思いをさせたな」
「はい……」
俯くクラウディアの頬を涙が伝った。ヒースはそんな彼女に手招きして、隣に座らせると優しく肩を抱いた。
「それで……今日、ハインリッヒの隣に座っていた女は何者なのだ?」
「モーラー男爵家のアルマ嬢ですわ。ヴィアの同学年で、元々は取り巻きの一人だったんだけど……」
「いつの間にか寝取られたということか?」
「ええ、そのようですわ。ヴィアは信頼して、王子のことも打ち明けて協力させていたみたいだから、その流れでハインリッヒと会うこともあったでしょう。どうやらその流れで関係をもってみたいで……」
頭をヒースの肩に預けながら、クラウディアは知っていることをこうして全て話した。そのうえで、お願いする。何とかして、オリヴィアを助けてもらいたいと。
「ホント、悪い子じゃないのよ。だから、きっと導師も満足すると思うわ!」
「おいおい、それはワシにあの女を娶れというのか?」
「わたしを入れて、導師にはすでに4人の妻がいます。もう一人くらいなら大丈夫でしょ?」
つまり、彼女を第5夫人に迎えるようにという彼女の意図を理解して、ヒースは苦笑いを浮かべた。もちろん、クラウディアの言うとおり、一人どころか何人でもまだまだいけるが、抱くのはあくまでも本人が望む者のみだ。
ゆえに、クラウディアの気持ちは理解するが、オリヴィアは受け入れないだろうと予測していた。
「ただ……彼女が酷い目にあわないようには手を尽くそう」
「お願いします。そうじゃないと、わたしは……」
ずっと罪悪感を抱えていたのだろう。悪いことをしたなと思いながら、ヒースはクラウディアの頭を優しく撫でた。そして、その罪滅ぼしとして、今宵はここで共に一夜を明かそうと囁いた。
「いいの?だって、ここって迎賓館よ。流石にまずいんじゃ……」
「大丈夫だ。ワシはこの国の摂政だし、今日ここに宿泊するコルネリアス王とも知らない仲ではない。きっと大目に見てくれるさ」
「でも、エリザお姉さまもいるわけだし……まさか、3人で?」
「それもいいが……どうする?エリザ」
「わたしは、今晩は帰ることにしますわ。ディアさんは初めてでしょうから、邪魔したら悪いですし……」
そう言って、エリザは「それじゃ、また明日」とこの部屋から出て行った。すでに、多くの客は帰った後だから、一人で帰っても目立つことはないという目算もあった。彼女が恥をかくということはきっとないだろう。
「それじゃ……いいな?」
こうして、二人っきりになったところで、ヒースが優しく囁くとクラウディアは小さく頷き、事が始まった。たちまちのうちに、ドレスを脱がされて、一糸も纏わぬ姿へと変えられてしまう。
「うれしい……ようやく結ばれるのね」
友人の不幸など忘却の彼方に追いやって、このときのクラウディアは幸せを嚙みしめた。だが、二人はこのことも忘れていた。この部屋の真上がちょうどコルネリアスの寝室であることなども。
「おいおいおい……俺、独身よ?流石にこれはきついだろ?」
夜通し階下から漏れ聞こえる喘ぎ声に悶々としながら、こうしてコルネリアスは「何なんだ、この国は」と呆れるのだった。
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