第8章 稀代の悪人は、我が世の春を謳歌する

第248話 悪人は、婚約解消の現場に遭遇する

「……それにしても、見事な手並みだったな」


およそ2年振りに王都リンデンバークを訪れたコルネリアスをこの迎賓館に迎えて、開口一番ヒースはそう口にした。【陽炎衆】の手を借りたとはいえ、劣勢の中から弟と継母を排除し、返す刀で父親から半ば強引に王位を奪ったのだ。褒め称えるしかなかった。


ただ、ここは衆目を集める場であり、コルネリアスは自慢話を興じたりはしない。「詳しい話は後日改めて」とだけヒースに告げると、手筈通りに中へ案内するように求めた。この先にあるメインホールには、国王であるハインリッヒが待っているのだ。


「ロマリア国王コルネリアス2世陛下、ご着到!!」


宣誓官の大きな声と共にホールの扉が開かれた。中には、この国の主だった貴族たちや政府関係者がいて、注目の視線が一気に向けられる。そんな中をコルネリアスは中央をゆっくりと進み、正面に立つハインリッヒの下へと向かうとそのままがっちりと握手をした。


「ようこそ、ロンバルドへ。我が国は、陛下を歓迎しますぞ!」


そして、ハインリッヒが締め括るかのようにそう宣言した。歓迎の宴はこうして始まった。





ただ……宴が始まって早々、ヒースは違和感を覚えた。


「なあ、エリザ。あそこに座っている女は誰だ?」


コルネリアスと懇談を行っているハインリッヒを見たヒースは、思わず妻にそう訊ねた。そこは王妃が座る席であり、独身である彼の隣は本来空席であるはずの場所だ。百歩譲っても婚約者であるオリヴィア以外の者が座ることなどありえない話である。


しかし、エリザもわからないと首を振った。ハインリッヒの側に侍らせているヘレンからも何も聞いていないと言って。


「もしかしたら、ディアなら何か知っているかもしれませんが……」


「ディアか。……だが、そのディアもさっきから姿を見せぬが?」


「え……?あら、そういえば、そうですね」


この宴にクラウディアが出席していることは、ヒースもエリザも目にしており、二人は訝しく思いながら供に周囲を見渡した。しかし、不思議と見当たらない。


「どこにいったのだろうな?」


「ホント、いないですねぇ……」


二人はそう呟き、ため息をついた。ただ、見当たらないのであれば、別段構わないという結論となり、この話題はそこまでとなる。そして、少し夜風に当ろうとヒースが誘い、外へ出たのだが……そのとき突然、階下から女性の声が聞こえた。


「だから、止めておきなさい!絶対、碌なことにはならないわよ!!」


「放してください!陛下に、陛下に……わたしは言わなければならないことがあるのよ!!」


何だろうと思って二人が目を向けると、そこには前を進むオリヴィアと……止めようとした手を払われて、その後を追いかけていくクラウディアの姿があった。ただ、それが見えたのも一瞬で、二人はこの迎賓館の中へと進んでいく。そして……


「陛下!!」


今度は室内の方からその声が聞こえて、ヒースもエリザも中へと戻った。すると、そこにはオリヴィアがいて、コルネリアスと歓談中のハインリッヒを睨みつけていた。


「なんだ?オリヴィア。余は貴様に招待状は送っておらんが?」


愛情の欠片も見当たらない静かで怒気を込めた声で、ハインリッヒは正面に立つ彼女に言い放った。だが、オリヴィアも負けてはいない。


「陛下!お叱りを覚悟して申し上げます!!その女は、スパイです!誑かされてはなりませぬ!!」


そのうえで、場合によっては暗殺をたくらんでいるかもしれないから、すぐに離れるようにと訴えた。だが……当然だが、ハインリッヒの心には響かない。


「きさま……このような場に嫉妬心を持ち込んで、余に恥をかかせおって……」


「陛下のことを想って申し上げております!どうか、どうか!その女をお遠ざけなさいますよう……」


「黙れ!!」


そして、ついに堪忍袋の緒が切れたのだろう。ハインリッヒは立ち上がると、衛兵に命じてオリヴィアを取り押さえるように命じた。


「陛下……なにとぞ……」


「うるさい!貴様は一体何様のつもりだ?……ああ、そうか。そういえば、余の婚約者だったか。それで、そのように増長しておるのだな!」


「へ、陛下……?」


冷たく、憎しみを込めた目を向けられて、オリヴィアの威勢は急速にしぼんでいく。だが、そんな彼女にハインリッヒは容赦なく告げるのだった。


「オリヴィア・フォン・ティルピッツ。本日只今をもって、貴様との婚約を解消する!」

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