第260話 悪人は、盛大に王都を出発する

王都リンデンバークの北門——バルシュミーデ門には、1万の兵が集結していた。そのほとんどが国軍ではあるが、指揮官がすべてヒースの息がかかった者に代えられていて、盲目的に従う半ば親衛隊のような存在だ。


そして、そんな彼らを前にヒースは高らかに宣言する。「これより、リートミュラー領に向かい、謀反人共を成敗する!」と。


「「「「「ウォオー!!!!!」」」」」


もちろん、盛り上げ役は潜ませている。だが、その歓声、熱量は期待していた以上だ。王都中心部の貴族街にいる連中にもきっと届いているだろう。そうほくそ笑み、ヒースは全軍に進撃を命じた。不安はまだあるが、それでも上手く行くと信じて。


「さて……では、我らも行こうとするか」


すでに先陣は、エーリッヒを先頭に進み始めていた。それを確認して、ヒースはアーベルやテオと共に騎乗し、見送りに来たエリザとクリスティーナに一先ず別れを告げる。


「行ってらっしゃいませ。ご武運をお祈りしています」


瞳にうっすらと涙を湛えるエリザだが、これはもちろん演技だ。この後、日中は軍と共にリートミュラー領を目指して行軍するものの、夜はきっちり王都のルクセンドルフ侯爵邸に戻ることになっているのだ。


「クリスティーナ嬢……エリザの事、頼みますぞ」


「お任せを」


当然だが、そのことはクリスティーナも知っている。しかし、敵の目を誤魔化すための必要な演技だと割り切り、茶番劇に付き合った。内心では笑いを堪えながら。


だが、こうしてヒースは表向きには、王都を離れていった。何も知らない陰謀家にすれば、好機到来と見るだろう。誰がそのとき同調するかは相変わらず読めないが、すでに事が起こった時の準備はできている。何も心配することなどない……はずだ。


「なあ、アーベル。謀反が起こるとしてだ。いつ頃だと読む?」


背後にあったはずの王都の城壁は、振り返ってもすでに見えなくなっていた。何も心配することなどないはずなのに、どうしてもいやな予感は拭いきれず、ヒースは気晴らしもかねてそう訊ねた。


「そうですね……もし、自分があちら側の軍師であれば、我々がリートミュラー領に着いて、領都解放に取り掛かった頃合いですかね」


そのタイミングであれば、すぐに引き返すことができないからとアーベルは答えた。


「つまり、それまでは何も起こらぬと考えてよいのだな?」


「そうですね……我らが引き返してきたところで、勝てる条件がない限りは、そうでしょう」


ただ、そう言った所で、アーベルは続けた。「勝てる条件があるのなら、すでに謀反を仕掛けてきていたはずだから、それはあまり心配しなくても良いのではないか」と。


「しかし……一体どうされたのですか?此間から、やたらと心配なされているようですが……?」


「ああ、何となく嫌な予感がずっとしていてな……」


「嫌な予感?」


それは不思議なことを言うものだなと、アーベルは素直に思った。懸念していたアスマン将軍の裏切りについても、もし事が起これば、王都中のアドマイヤー教徒が一揆を起こす話になっていて、動きを封じる手筈は整っているのだ。そして、あとの連中は、ヒースの実力なら一人で対処できるだろう。


「もしかして……どこか具合でも悪いのですか?」


「いや……そういうわけではないと思う。熱もないし、どこかが痛いわけではない。魔力も精力もいつもどおりみなぎっているしな」


ヒースはそう言いながら、冗談めかしく自らの股間を指差して笑った。確かにそこはこんもりと盛り上がっており、アーベルは何と返答すればよいのか頭を悩ませた。


だが、その一方で告げる。昔から、こういった予感めいたものは馬鹿にできないと。


「ですが……今更、中止にはできませんよ?」


「わかっている。それに……リートミュラー領のことを放置してもそれはそれで、嫌な予感がしていたからな。弟がもし命を落とせば、母上は必ず夜叉と化すだろうし……」


そうなれば、例え王都の謀反を防いだとしても、命を刈り取られるだろうと。


「なるほど……レオン君がいるから、ベアトリス様にとってヒース様は不要と……」


「おいおい……口に出して行ってくれるなよ。これでも、傷つかないわけではないんだからな……」


ヒースは自虐的に笑い、それでも決して冗談だとは否定しなかった。自分が死んで、母が孫を膝の上に抱いて君臨する——全くあり得ない話ではない。


「それならば、考えても仕方ないではありませんか?」


「だな。進むも地獄、留まるも地獄……なら、進むしかないな」


ただ、アーベルと話したことで、少し気がまぎれたのか、ヒースは以降不安を口にすることなく軍勢と共に前へ進むのだった。

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