第155話 悪人は、嫁に家出される
王宮への報告を終えて、久々に屋敷に戻ったヒースであったが……そこにはエリザの姿はなかった。
「そういえば……まだ学院にいる時刻か……」
ホールの壁に備え付けられている時計の針は、まだ15時を少し回ったところだ。いなくても特段おかしな話ではない。それゆえに、ヒースは何の疑問も抱かずに自室へと向かおうとした。しかし……
「お屋形様。これを……」
階段を一二歩上ったところで呼び止められて、振り返るとそこにはこの屋敷の使用人であるベンジャミンがいた。そして、どうしたのかと思って彼が差し出した手の先を見ると、そこには一通の手紙があった。
「なんだ?これは……」
そう言いながらも、嫌な予感がして受け取って確認すると、そこには「ヒース様へ」と書かれた見覚えのある文字がそこにはあった。ヒースはすぐに封を破って中身を改めた。ただ……読み進むにつれて、手紙を持つ手は震えた。
「な、なぜだ……エリザ……」
そして、全てに目を通したヒースは、顔を青くして力なく呟いた。手紙には自分の未熟さを詫びつつも、最後は「自分を見つめ直したいので、しばらく実家に帰ります」と締め括られていたのだ。だが、それはヒースが望んでいることとは天と地との開きがある。
「ベンジャミン!すぐに出るぞ!!」
何としても連れ戻さなければならない。だから、馬車をもう一度用意してくれと言うヒースだが、ベンジャミンは改めてどちらに向かうのかと訊ねてきた。
「何を言っている。エリザの実家に向かうに決まって……」
ベンジャミンの確認に苛立ちを見せながら答えようとしたヒースであったが、そのとき気づいた。エリザの実家はどこなのだろうかと。
「……おまえ、何か聞いてないか?」
差し当たって、候補として挙げられるのは、王都のロシェル侯爵邸、ルクセンドルフ領のロシェル司教がいる教会、あとはリートミュラー領のベアトリスの所だろう。妹がいるアルデンホフ領の教団は……そもそも妹の生存を知らないはずだからあり得ない話だ。
だが、ベンジャミンは首を左右に振った。行き先までは聞いていないと。自白の毒魔法を使ってもみたが、どうやら本当に知らないようだった。
「それなら、出て行った時の話を教えてくれ」
その時の様子を知れば、3つの候補のうち、どれを選んだのかがわかるのではないかと考えて、ヒースは再びベンジャミンに訊ねた。すると……
「エリザ様は……猫のような紋章が入った馬車に乗って行かれました……」
自白魔法の効果はまだ続いているようで、目を虚ろにしたまま正直に答えた。但し、ロシェル家の紋章は猫ではなく獅子だったりするのだが。
(まあ、これでリートミュラーの母上の所には行っていないのは確かだな……)
リートミュラー侯爵家の紋章は、ユニコーンをモチーフとしているため、ヒースは一つ選択肢を消して考える。残りは、王都かルクセンドルフ領のいずれかだ。
「なあ?エリザはいつこの屋敷を出て行ったのだ?」
「昨日にございます」
「昨日か……」
ヒースはカバンの中から、この王国の地図を取り出して床に広げた。そして、そこに座り込んで王都からルクセンドルフ領までの道をなぞった。
(1日馬車で進むとすれば、おそらくこの道を通ってこのあたりにいる……か)
しかし、ヒースは首を振った。その辺りから王都までの道は、東部国境から戻ってくる行程で通って来たのだ。もし、ルクセンドルフ領に向かっているとすれば、途中ですれ違っていたはずで、流石に気づかないということはないはずだと。
(それならば……)
残るは王都のロシェル侯爵邸ということになる。血のつながりはないが、あの家の住人たちは、エリザを本当の家族のように扱ってきたのだ。今度こそ間違いないだろうとヒースは断定した。
「ベンジャミン!行き先はロシェル侯爵邸だ!!」
だから早速出立しようと、彼に馬車の用意を命じた。しかし、まだ魔法の効果は続いていて、使い物になりそうにない。
「くそ……やり過ぎたか……おい、しっかりしろ!」
両頬を叩きながら、ヒースはなんとか正気に戻ってもらおうと努力した。ただ……焦りのせいからか、それなら他の者に頼めば早いことに終始気づくことはなかったのだった。
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