第156話 悪人は、門前払いに救いを求める

「えぇ……と、事情は分かったけど、どうしてわたしのところに?」


花屋の女将であるクリスティーナは、閉店間際にみっともなく取り乱して駆け込んできた親友の息子に、ついため息交じりになってそう訊ねた。繰り返し言うが、ここは花屋であって弁護士事務所ではない。「離婚の調停なら、他所で頼んでよ」と。


だが、ヒースはそうではなくて、仲を取り持って欲しいとクリスティーナに縋った。


「亀の甲より年の功というではないか。その老獪な手腕を持って、ワシらを助けてくれ!」


「悪かったわね!年増の行き遅れで!」


何と失礼なことを言うのかとクリスティーナは憤ったが、その一方で年長者であることは事実であり、かつ『おしめ』をかえたこともある親友の息子の頼みとあれば無下に見捨てるわけにはいかない。


何だかんだと言っても面倒見のいい彼女は、相談に乗ってやることにした。


「……それで、そのロシェル家も怒っているのかい?」


「そうなのだ……。エリザに会わせてくれと言っても、『本人が会いたくないと言っている。帰ってくれ』って……」


ヒースはしょんぼりと、今日、ここに来る前に寄ったロシェル公爵家での出来事を話した。挙句、あまりにもしつこく引き下がらないものだから、次男坊のウォルフに殴りかかられたことも。無論、兄エドウィンら周囲の者に止められて、実際に拳が届くことはなかったが……


「幸せにしろっていったじゃないか……そう言われてな。殴られるよりもその言葉……心に突き刺さったよ……」


それは、5年前に自分の気持ちに区切りをつけるために、彼が言い放った言葉だ。もちろん、一方的な宣言のようなものだから、ヒースが従わなければならない理由はないが……その通りになっていない現状に、申し訳なさが募ったと言った。


「それで、あんたはどうしたいのさ?」


謝ったところで、愛人に子を孕ませてしまったことはなかったことにできないし、何よりもまだ15歳だというのに、王女と宰相の孫娘を側室にして、さらに他に愛人が8人もいるのだ。今更、その全てを清算することは不可能だ。


だからこそ問う。その上で、エリザとどうなりたいのか。


「もうついていけないって言うんなら、解放してあげるのも優しさかもしれないよ?」


貴族の世界では、ヒースのように複数の妻や愛人を持つといったことは、褒められるようなことではないが、だからといって咎め立てを受けるような話ではない。それが生理的に受け入れられないのであれば、この先一緒に居続けたとしても互いに不幸になるかもしれない。


(ましてや、エリザ嬢は元々平民だったと聞いているわ……)


それならば、側室だの愛人とかには忌避感を持っているのかもしれない。そう考えて、クリスティーナは訊いているのだ。ヒースとしてはどうしたいのかを。その覚悟のほどを。


「ワシは……」


すると、ヒースは思いの丈を告白する。如何に彼女が大切な存在で、他の者を切り捨ててでも共にありたいということを。だから、何としても許してもらわなければならないと。


「ワシにとっては、エリザは余人には代えられない最も大切な女だ」


恥ずかしい素振りは一切見せずに、ヒースははっきりとそう断言した。その気持ちがあるのに、なぜ浮気をして他所に子を作ったのかと思わないでもないクリスティーナだが、その一方で感心もした。ここまで言い切れる男は、滅多にいるものではないと。


「仕方ないわね。知らぬ仲じゃないし、わたしが間に入ってあげるわ」


だから、クリスティーナは、ヒースにそう告げることに最早ためらうことはなかった。具体的には、明日にでもロシェル侯爵家に赴いて、エリザに会って話をするという。


「ただ……念のために確認しておくけど、場合によっては、ルキナ王女やクラウディア嬢を側室にする話もご破算にするわよ。本当にそれで構わないのね?」


「ああ、構わない。その場合は、エリザと共にこの国から逃亡するさ」


爵位も大臣という地位も全く未練はないとヒースは言う。要は、それほどまでに彼女一人が大切であることを示す言葉だった。

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