幕間 悪人は、前世の妻を夢に見て……

「……弾正殿。流石に、亡き筑前守(三好義興)様の未亡人にまで手を出されるのは……」


そう口にするのは、前世において幼馴染であり、腐れ縁ともいえる仲であった果心であった。彼がこの信貴山城の茶室にいて、こうして苦言を告げてくるのは別段珍しい話ではなかったが、ワシはそれをなぜか懐かしく感じた。そして、同時に既視感を覚える……。


「何度も言うが、私利私欲ではないぞ。あくまでも、亡き殿(三好長慶)のご嫡孫であらせられる千熊丸様をお守りするための処置だ。御遺言では、長じたら孫六郎(三好義継)様から家督をお譲りになって頂くことになっているが……」


何しろ、あの世界では力がある者のいうことが正義なのだ。故人となった主君の言葉に従わないことは、特段珍しい話ではない。


「つまり、千熊丸様の後見人になると?」


「左様。ワシが左京のお方様を継室に迎えれば、千熊丸様はワシの子だ。三好家中の者……特にあのうるさい三人衆も、そうなればよからぬことをたくらむような真似はせぬじゃろう?」


もちろん、これは表向きの理由だ。正直に言えば、亡き義興様の妻だった左京の方をただ欲望のままに抱きたかっただけに過ぎなかった。何しろ、あのチチ、シリ、フトモモは、遊ばせておくには勿体ない程熟れていたのだ。


ただ……この幼馴染には、そのような言い訳は確か通じなかったなと思い出した。


「たわけ!おまえが以前から左京大夫の局様に懸想していることに気づかぬワシだと思うたか?……大体、奥方様が亡くなられてからまだ日が浅いだろうが!」


それなのに、何と不埒なことをたくらむのかと、果心は怒鳴りつけてきた。そして、このときのワシは調子に乗っていたのだろう。こやつが妖術を使えることを忘れて、余計なことを言ってしまったのだ。


「だまれ!そうだったら何だと言うのだ!おまえのいうとおり、確かに妻……保子は死んだ。だが、それがどうした。どうして、死んだ者に気を遣わねばならぬのだ!?大体そもそも、保子がワシに文句を言っておるのか?それなら、是非聞かせてみせよ!」


死人には口はない。それに、保子は元々左大臣一条兼冬卿の妻で、政略上結びついた相手だ。もちろん、美味しくいただいてはいるが……それでも色々と割り切った関係を崩さなかった彼女なのだから、その口から文句が出るとは思えなかった。


だから、そのようなことはできるはずがなければ、何も問題はないと高を括っていた。しかし……次の瞬間、目の前に現れた女の姿を見て……驚いた。


「お、お勝……これは一体……」


顔は青白いが、そこにいたのは紛れもなく最初の妻であり、まだ摂津の小さな土豪のひとりに過ぎなかったころから苦楽を共にしたお勝であった。但し、彼女は何も言わない。


ただ、その場に立って、悲しげな眼で睨みつけてくるだけだった。


「確かに保子殿は、おまえにとっては政略を上手に進めるために縁を結んだ相手だ。あのお方ならば、文句は言われぬかもしれぬ。しかし、このお方ならどうかな?」


「どうかなって……おまえ、知っていてそういうことをいうのは卑怯だぞ!」


「卑怯か……。おまえの口からそう言われると、最高の褒め言葉のように感じるな。だが……わかっておるのだろう?一人の女性すら幸せにできなかったおまえに、お勝殿が何を言いたいのかは……」


先程までとは態度を一転させて、落ち着いた口調でそう語りかけてくる果心の言葉に、ワシは項垂れる以外の選択肢は持たなかった。何しろ、お勝には苦労ばかりかけて、挙句の果てに自分のせいで可哀想な死に方をさせてしまったからだ。


(そうか……それでワシは……)


次第に意識が分離し始めて、まるで第三者のように宙に浮かびながらその後の景色を眺めている。そのため、これは夢なのだとようやく気づくが……なぜ、現世においてエリザにこれほど執着するのか、その理由を改めて知ることになった。


(つまり……今度こそ一人の女性を幸せにせよというのだな?果心……)


徐々にその姿は薄くなっていくが、前世の親友にヒースは確認するように視線を向けると、彼は最後にこちらを向いて頷いて見せた。それゆえに、改めて決意を立てることにする。必ず今度こそ、彼女を幸せにして見せると……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る