第206話 悪人は、召喚儀式の結末に頭を抱える
勇者召喚——。
それは、教会にとって秘中の秘ともいえる術であり、当然だが誰でも立ち会えるわけではない。基本的には、政府関係者や教会関係者、あと高位の貴族・神官のみ大聖堂の中に通されて、その貴重な瞬間に立ち会うことが許されていた。
だが、何事にも例外はあるわけで、金さえ積めば何とかなるというケースは多い。
「いいか、爺さん。儀式が終わるまで、くれぐれもここから動くんじゃねえぞ。上にバレるとヤバいからな」
「はあ?もう一度言ってくれんかのぉ。わしゃあ、耳が遠いんじゃあ」
「だ・か・ら!終わるまで動くなって言っているんだ!」
実際、ヒースはそこそこの位階にいると思しき神官に賄賂を渡して、こうして大聖堂の中にいる。もちろん、リヒャルトらがいるVIP席とは程遠い環境下にあるが、それでもここは召喚の儀が執り行われる広間の天井裏で、開いている穴からは下の様子は丸わかりだ。
「あー、動くなっちゅうことやな。わかった、わかった。終わるまでここで大人しゅうしておるよ」
ゆえに、この場所で様子見をすることを決めたヒースは、からかうようにそう答えて、用が済んだこの神官をさっさと追い返した。そして、一人になると年寄りの振りをやめて、早速儀式を覗き見ることにした。
「ほう……あれが召喚の魔法陣か」
まだ儀式が始まるまで時間があり、今はその準備に神官たちが取り掛かっているのが見えた。その中には、今回の召喚を提案したベッケンバウアー枢機卿の姿もあるが……やはりというべきか、その周囲にいる者のうち数人は、【揚羽蝶】より上げられた報告書にあった側近たちとは異なる顔ぶれだった。
ゆえに、ヒースはその連中こそがバランド侯らバルムーアの残党と疑い、その動向を注視した。事実、彼らが魔法陣の最終チェックらしき作業を仕切っていたのだ。疑惑が確信に変わるのはそう難しい話ではなかった。
「国王ハインリッヒ陛下のお成り!」
そうこうしていると、ファンファーレが鳴り響き、本日命を落として頂きたいお歴々が儀式を見届けるために、ハインリッヒに続いて広間に入ってきた。ちなみにだが、今日の国王は本物ではあるが、生き残っても大勢に影響はないので、ヒースにとってはどうでもよい話だ。
「リヒャルト、ローエンシュタイン公、ティルピッツ侯……。よし、みんないるな」
それよりも、この三人がそろってこの場に現れたことに、ヒースは喜んだ。エリザには「できれば、運悪く命を落としてくれればラッキー」という位にしか言わなかったが、本心ではこの機会にこの三人には死んでほしいのだ。
そのため、ヒースは今も魔法陣の周りで最終調整を続けているバランド侯らバルムーアの残党たちに天井裏からエールを送った。この企てが途中まで思惑通りに上手く行くようにと……。
「では、これより勇者召喚の儀式を始めさせていただきます」
時計の針が14時の時刻を指したのを見て、ベッケンバウアー枢機卿が貴賓席に座る国王ハインリッヒに向かって宣言した。同時にバルムーアの残党らしき神官姿の者たちが魔法陣の発動作業に取り掛かり、刻まれた文字は光を放った。
「さて、ぼちぼち準備を始めるかのう……」
過去の記録では、このあと魔法陣は時間が経過するにつれて、その光の強さを増していき、成功すればおよそ20分後に勇者を召喚するとあった。橋がその10分後に爆破される計画であることを考えれば、今回も左程変わらないとヒースは見ていた。
ゆえに、時間を逆算して準備を始める。それは、リヒャルトらが殺されたのち、この穴から魔法で猛毒を流し込み、トドメにこの天井を【爆弾正】で爆破して下に落とすのだ。そうなれば、謀反人共々あと腐れなく潰すことができるという段取りだった。
しかし……事の成り行きを見守っていたヒースの顔色が突然変わった。
「ば、ばかな……なぜ、おまえがここにいる?」
やがて、魔法陣の光が消えて、その中央に現れた一人の男。高価な着物は返り血で汚れ、右手には血糊がベッタリとついた刀を握りしめていた。烏帽子は戦闘中に脱げて髷を晒してはいるが……その男の顔は、ヒースが前世において非常によく知っていた人物だった。
——室町幕府第13代将軍、足利義輝。
名乗るまでもなく理解したその男の正体に、ヒースは頭を抱えた。
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