第10話 悪人は、間違えて妻を得る
「では、エリザ。明後日、迎えに行くからな」
「はい……」
少し揉めはしたものの、司教が積極的に双方を説得したことが功を奏して話がまとまり、教会を去ろうとする刹那、『忍び』のスキルを持つ女の子、エリザと別れの言葉を交わすヒース。照れて俯くエリザの様子に、その他の神官たちも温かいまなざしで見守っている。
だが、そんな不思議な雰囲気に気づくことなく、ヒースはテオと共に馬車に乗り込む。エリザはそんなヒースたちの乗った馬車を控えめに恥ずかしそうにしながらも、手を振って見送った。
「……あの、よろしかったのですか?お父上とお母上に相談もせずに、斯様なことを決めても?」
出発してから10分ほど経過したとき、テオが迷いを振り払って心配そうに訊ねてきた。
「ん?」
その言葉の意味を正しく理解できないままに、ヒースは窓の外を見るのをやめて向き直した。そして、全くためらいを見せることなく、断言した。
「彼女は、ワシのこれからに必要な人だ。父上や母上など関係はない」
忍びなど雇って何をする気だと言われるかもしれないが、他に取られては将来に禍根を残すのだ。ゆえに、反対されたとしても、一歩も引くつもりはない。
(あとは、どうやって育てるかだな)
スキルがあるとは言っても、現時点で忍び働きができるわけではない。優秀な指導者の下で数年修業を積んで、それから働いてもらう。ヒースの頭の中では、そんな青写真ができている。
「そうですか。そこまでお覚悟を決められているというのであれば、これ以上申し上げることはありませんが……。しかし、こう言っては何ですが……どこが気に入られたのですか?」
顔立ちはそれほど美人には思えない。体型だってややぽっちゃりしているし、身分だって開きがある。もしかしたら、側室にするつもりで手元に置いて自分好みに育てるつもりかもしれないが、選考の基準がまったくわからない。
ゆえに、今後のことを考えて、テオは主に訊ねた。場合によっては、これからも側室を求められるかもしれないと考えて。しかし……
「何を言ってるんだ?彼女は『忍び』のスキル持ちだぞ。必要だろうが。俺の家臣に」
「はぁ!?」
その主から聞かされた思わぬ答えに、テオは素っ頓狂な声を上げた。
「ど、どうした?」
「いや……いやいや、おかしいでしょ!今の今までの会話を思い出してください。どう考えても、あの女の子にプロポーズしているとしか思えないでしょう!」
「プ、プロポーズだと!?おまえ、一体何を……」
テオの指摘に対して、ヒースはそう言いかけて、思い返してみる。自分の取った言動についてを。そして……顔を青くした。
「ははは……まいったな。確かに、聞き方によってはそうと受け取れるよな……」
「聞き方によってではないでしょ!誰がどう聞いても、伯世子が女の子に『貰ってやる』と言えば、それ以外には考えられないでしょうが!」
テオの話によれば、エリザは司教の養女としたうえでヒースの下に送るという。あの親を名乗った男には少なくない手切れ金を渡した上で。つまり、「今更勘違いでした」と言って済む話ではない。彼女にはもう帰る家はないのだ。
「ど、どうしよう……」
ヒースは困り果ててテオを頼るが、彼は首を左右に振った。
「こうなっては、諦めるより他はないかと。いいではないですか。これで絶対に裏切らない『忍び』を手に入れたと思えば……」
「妻に忍び家業をさせる夫がどこにいるか!」
それならば、彼女にそんなことをさせるわけにはいかないと、ヒースは言った。ゆえに、計画を変更する。こうなっては仕方ないと割り切って。
「……それにしても、この歳で妻帯者か」
ふと窓の外を見て、ヒースは呟いた。齢7歳。いくら何でも早すぎるだろうと。
ただ、一方で思う。縁ができて迎えることになった以上、大事にしなければとも。かつていた二人の妻の分まで……。
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