第11話 悪人は、母親に覚悟を問われる
夜の伯爵邸。食卓では重ぐるしい雰囲気の中、皿の上に盛られた肉を切り分けるナイフの音だけが響いていた。
(さて、どう切り出すか……)
ヒースは、エリザを妻に迎えることを目の前で共に食事をしている父母に伝えなければいけないと思いながらも、きっかけがつかめずに悩んでいた。一方……
(もしかして……俺の子じゃなかったのか?)
父親であるオットーは、そんな異様な雰囲気を醸し出しながら、ただ黙々と肉を切り分けては口へと運んでいる息子の姿に、気が気ではならない。問題がなかったのなら、今日の洗礼式の結果を話してもいいはずなのにと。そして、時折、妻であるベアトリスの方を見るが……
(なによ?)
言葉には出さないが、そのように思っているような目でギロリと睨みつけられてしまい、自分の方からは訊くに訊けない状態が続いている。もっとも、ベアトリスにしても身に覚えのない不倫を夫に疑われて不愉快な思いをしているのだが、そんな時間だけが刻々と過ぎて行った。
「あの……父上、母上……」
((きたー!!))
食後のデザートを食べ終わったところで、ようやくヒースが口を開いて、オットーもベアトリスも、1時間に及ぶ緊張した時間の終焉にホッと胸を撫で下ろした。
「どうしたんだ?ヒース」
オットーが平静を装って訊ねる。もしかしたら、妻の不倫を息子の口から告げられるのかと覚悟しながら。
「実は……今日、結婚を約束した子ができました」
「「へ……?」」
今、ヒースは何を言ったのか。オットーもベアトリスも理解が追い付かずに、お互い声を重ねて見合った。何しろ、息子はまだ7歳なのだ。結婚どころか婚約だって早すぎる。
「な、なにがあったんだ?」
ベアトリスから訊ねるようにとアイコンタクトを送られて、オットーは怒るでもなく優しく問いかけた。すると、ヒースは答えた。「真実の愛を見つけた」と。
(……我ながら、完璧な回答だな)
何しろ、この1時間、料理の味を確かめずに只管考え続けて導き出した答えなのだ。ヒースには自信があった。だが、その答えはベアトリスの琴線に触れた。
「……親子そろって、何を馬鹿みたいなことを……」
「え?」
苛立つように席を立ち、眉をしかめた母親の顔に、ヒースは驚いた。生まれてこの方、このような顔は、父親であるオットーに向けることはあっても、自分に向けられることはなかったからだ。
「ベ、ベティ、落ち着こうな。7歳の子の言葉だぞ?そんなに剥きにならなくても……」
「あなたは少し黙ってなさい!この子があなたみたいな手癖の悪い子になろうとしているのですよ。ここでしっかり修正しておかないと!」
そう言って、ズカズカとベアトリスはヒースと元へとやってきた。
「は、母上……?」
「ヒース。あなたは、今、結婚すると言いました。でもね……まさかと思いますが、そこの父親を見て、真似をしようとしているわけではありませんよね?」
即ち、愛人の一人として囲うようなことをするためにそんな約束をしたのかと、分かりやすく言えばそんなことをベアトリスはヒースに訊ねた。
「い、いえ!そんな軽いつもりはありません!」
本当は、愛人で囲うよりももっと軽い理由で約束を交わしたのだが、そんなことを言えば、きっと恐ろしい運命が待っているだろうと察して、ヒースは嘘に噓を重ねた。
「その証拠に、明日、彼女をこの屋敷に連れてきます。母上、どうか会って頂けないでしょうか?」
「いいわよ。ヒースがそこまで言うのなら、会ってあげるわ。そこの人みたいに、口先だけじゃないことを私に示しなさい」
ベアトリスは、話はそれだけだと言って、そのまま食堂を後にした。そして、扉が閉められて、ここにはオットーと二人きりになる。
「ははは……驚いたよね。大丈夫だよ。ベティはちょっと虫の居所が悪かっただけさ……」
オットーはそう言ってヒースを慰めるような言葉を掛けてくるが、その表情はかなり青い。
(さては……浮気がまたバレたのだな……)
相手は自分付きのメイドであるジェニファーか、カリンの教育係のマリーのいずれかだろうとヒースは目星をつけてはいる。そして、もしかしたら、その時の言い訳に「真実の愛」という言葉を使ったのかもしれないとも。
そのことを思うと、やはり自分はこの男の息子なのだと、ヒースは納得するのだった。もちろん、まったく嬉しくはなかったが……。
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