第12話 悪人は、嘘を見抜かれる

「エリザ……心配ない。ワシがついておる」


「はい……」


伯爵邸の応接室の扉の前で、ヒースは自信たっぷりな表情を浮かべて、幼い恋人の手を握り、そう語りかけた。そして、エリザは手を握られたことに恥ずかしさを覚えながら、小さく答えた。


「それじゃ、行くか」


ヒースはエリザに……というよりは、自分自身に気合を入れるようにして呟いて、扉をゆっくり開けた。そこには、いつもと変わらない母親の姿と……部屋の片隅で正座をしている父親の姿があった。


「あの……これは一体……」


何となく事情は察していたが、ヒースはエリザが驚いていると感じて、あえて母親に訊ねた。


「あなたのお父様がね、『真実の愛』を見つけたらしくって、それで本当にそうだったのか確かめているのよ」


「……そうですか」


それを聞いて、ヒースはただ一言だけ言うに留めた。エリザを連れてくる途中で、大きなカバンを持っていたマリーとジェニファーに相次いですれ違ったことを思い出せば自ずと答えは出るというもの。そして、これは自分への戒めのつもりなのだろうと理解もする。


(まあ、側室を増やすのは母上が亡くなってからで問題ないからのぉ……)


普通に考えれば、自分の方がうるさい母親よりも長く生きるのだ。だから、今はエリザへの純愛をアピールすれば問題ないと高を括る。それが大きな間違いだったとすぐに後悔することになるとは気づかずに。


「それで、その娘がヒースの言っていたエリザさんなの?」


「はい、母上」


ヒースはそう答えて、エリザに挨拶をするように促した。平民の娘では許可が下りないことを考えて、彼女にはロシェル司教の『娘』と称すように伝えている。養女であっても、娘には違いないから、嘘は言っていない。それが、ヒースの屁理屈だ。


「ろ、ロシェル、し、司教の娘の、え、エリザです……」


しかし、彼女は緊張のあまりに上手く挨拶ができなかった。その不自然さに、ベアトリスの眉が少し上がる。


「エリザさん……」


「は、はい!」


「あなた、本当に司教様のお嬢さんなのですか?今なら、正直に言えば許しますよ?」


(まずい!)


ヒースは慌てた。もちろん、それを表に出すことはないが、ニッコリと笑うベアトリスが放つ圧力に、彼女が抗せることができるとは思えない。


「は、母上……落ち着いてください。彼女は7歳なのですよ?父上の事で驚いただけで……」


「ヒース、口を挟まないで。わたしは、今、この娘と話しているのです!」


ベアトリスはピシャリとヒースの言葉を封じて、改めてエリザに問いかけた。それで、どうなのかと。


「わたしは……」


エリザは青ざめて言葉を詰まらせた。ヒースの口が封じられた以上、彼女はただ一人でベアトリスと対峙しなければならなくなったのだ。言い知れぬ恐怖を感じ、もし嘘をつけば、あっさり見抜かれて殺されるのではないかとも思った。


だが、ここで負けて正直に本当のことを言えば、きっとヒースは叱られてしまうだろうと思った。それは、エリザの望むところではない。だから、彼女は一つ息を吐いて心を落ち着かせてもう一度口を開いた。大丈夫。昨夜、何度も練習したのだと自分を奮い立たせて。


「わたしは、司教アレフレッド・フォン・ロシェルの娘、エリザです。お会い頂けて光栄です。お義母様」


その姿は、先程までと違って堂々としたものだった。ヒースも思わず見とれて、そして、ベアトリスも「ほう……」と呟いて口角を上げた。一見、上手く行ったかに見えた。だが、次の瞬間、ベアトリスは目の前の机の上にあった紙を取り上げて、内容を読み上げた。


「エリザ・フォン・ロシェル。元は、城下の材木商であるトマス・ガーゼルの娘。先日の洗礼式で不義の子として孤児院に入れられたところを司教の養女となる……ここにある報告書にはそう書いてあるが、これはどういうことか?」


ベアトリスは、怒るでもなく淡々と事実をエリザに突き付けた。即ち、嘘は見破られているのだと。しかし、エリザは答えた。


「それは何かの間違いです。わたしは司教である父の娘です」


ヒースが「そう言え」と言ったのだ。エリザは彼を裏切りたくはなかった。だから、例えそれが嘘であったとしても、言い張り続ける。ただひたすら純粋な気持ちで。そして、その想いは、ベアトリスにも届いた。


「……ヒース。ロシェル司教は侯爵家の出だから、くれぐれもこの娘を裏切るような真似はしないようにね」


さもなければ、侯爵家への体面を考えて、自分はあなたを廃嫡しなければならないと、ベアトリスは言った。


「は、母上……?それは……」


この伯爵家には、男子は自分しかいないというのに、どういうことなのかとヒースは母親に問いかけるが、彼女は相手にしなかった。


「エリザさん。おいしいケーキを用意しているから、あっちで食べましょうね?」


「あの……」


急に優しくなったベアトリスの態度に戸惑いつつ、放置されているヒースを気の毒そうに見るエリザ。だが、そんな彼女の手を引き、ベアトリスはそのまま連れ去って行った。お仕置き中の父親と、評価を思いっきり下げたヒースを残して。

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