第9話 悪人は、忍びを得るために
「一体、何事ですか?」
「これは……司教様……」
突然背後から声が聞こえたかと思うと、男とやり取りをしていた神官が頭を下げる。その光景にヒースが振り返ると、先程袖の下を渡した神官がそこに立っていた。
(え?この人、司教だったのか!?)
そんな高位の聖職者が賄賂なんか貰っていいのかとは、ヒースは思わない。本願寺や興福寺の坊主どもも当たり前のようにやっていたことだ。
ただ、そんな高位の司教の割には、目の前にいる神官は若いような気がしたのだ。流石に、領主の息子の儀式を執り行うというのに、助祭とは思わなかったが、伯爵領のみならず近隣貴族領の教会を統括する司教と聞いては、心穏やかではない。
(やばいなぁ……そんな偉い人を爆殺するわけにはいかないな……)
秘密を知った以上、今晩にも革袋に仕込んだ爆弾スキルを発動させようと考えていたヒースは、一先ず暗殺を見合わせることにした。殺せば、領内に無用な混乱が生じて足がつくかもしれないと判断して。
「それで、伯世子様。これは一体どういうことなのでしょうか?」
男と応対した神官から事情を聞いたのだろう。『騒乱を起こした』とは、いくら何でも乱暴ではないかと。だから、ヒースは答える。
「何が狙いかは知らぬが、この男は洗礼式を利用して実の娘を捨てようとしていたのだ。その結果、見ての通り騒乱が起こり、領主の息子であるこのワシが出張る羽目となったのだ。これは、我が領の秩序を乱す行為だと考えるが?」
「しかし……洗礼式の結果、そこの娘はガーゼルさんと亡くなった奥さんのいずれのスキルも発現しなかったのでしょう?それならば、残念なことですが……そこのお嬢さんとガーゼルさんの間には親子関係は……」
それは、よくある話だ。そして、今回も同様に司教は考えて「可哀想だが、この子は不義の子だ」と断じた。
だが、そんな司教の言葉をヒースは鼻で笑った。
「何がおかしいので?」
「貴様らの目は節穴か?どう見ても、その娘と男の顔は似ているではないか。これで親子じゃないとどうしてそう思うのだ?」
「そ、それは……」
司祭は二人の顔を見て、口ごもった。確かにその二人の顔は似ていた。ヒースの言わんとしていることも理解はできる。ただ……一方で、それは教会の教義を否定するに等しいことだ。当然、受け入れるわけには行かない。
すると、ヒースは司教に言った。
「もしかして、祖父母のスキルが引き継がれたということはないか?」
髪の毛の色や目の色何かは、往々としてそのようなことがよくあると知られている。だったら、スキルの方も同じではないかと。
「なるほど……新説ですが、その可能性はありますね……」
司教はそう言うと、傍に居た神官にすぐに女の子の4人の祖父母に関する資料を持ってくるようにと指示を出した。幸いなことに、いずれもこの領に代々住まう民ということで。
「司教様!ありました。この子が発現した『忍び』という名のスキル。母方の祖母が持っていたと!」
しばらくして、1冊の帳簿を持ってきた神官がそう告げた。そして、興奮気味に司教にそれを見せた。
(なに!忍びだと!)
司教と神官はそれを確認して、新しい学説が見つかったと大はしゃぎしているが、ヒースは良いことを聞いたとほくそ笑んだ。これは、是が非でも確保しておくべき人材が見つかったと。
「さて、そこの男。残念だが、どうやらその子はおまえの子らしい」
ヒースは、調査の結果に呆然としている男に向かって、静かに告げた。人材を確保するための正念場と心得て。
「だが、その様子だと、貴様はその子が要らぬようだのう。本音では、後妻との甘い生活の邪魔になるから、これ幸いと思ったのだろう。違うか?」
先程の司教の話では、女の子の母親は亡くなっているとのこと。それなのに、その忘れ形見を手放すということは、愛情が他に移っているため。
そうでなければ、少なくとも今日この場で孤児院へ放り込む手続きをするはずはないとヒースは考えた。曲がりなりにも、7年間も愛情を注いだのだから、もっと悩むはずだと。
「……すみませんでした!世子様の仰る通りです。俺は……エリザが邪魔で……」
そして、ヒースの読み通り、男はそれを認めた。聞けば、今の妻から事あるごとに他所にやるように言われていたという。だから、今日、洗礼式で親子関係を否定されてこれ幸いと決断したのだと。
だから、ヒースは優しく告げた。
「なるほどな……それは辛かったであろう。よし、それならワシが貰ってやろう」
「「「えっ!?」」」
周囲の驚くのをものともせずに、トンデモないことを……。
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