第8話 悪人は、騒乱の渦中に飛び込む
洗礼式が終わり、ヒースは担当した神官に見送られて部屋を出た。しばらく廊下を歩くと、長椅子に座るテオの姿を確認した。
「如何でしたか?」
そんなヒースの姿にテオが気づいて駆け寄ってきた。その表情は、心配しているように見える。
「ああ、魔法使いだ。父上や母上と同じ……な」
だから、ヒースはテオを安心させるため、そう告げた。そして、告げた一方で、「果たして本当に同じと言えるのだろうか」と自問した。能力値だけでなく、付いていたスキルも飛んでもない代物だからだ。
『爆弾正』は、指定したモノを爆弾に変えて、好きな時に爆破させることができるし、『蓑虫踊り』は、人や魔物を効率よく燃やすことができる攻撃スキルだ。そして、『四十八手』は……。
(いや……説明書きには「相撲の技」と書いてあるけどさ、どう考えたって、アレのときに使う技の事だろう……)
まだ7歳なのに何を習得させるのかと、この世のどこかに転生したであろう女神を心の内で罵るヒース。そんなに、あの時のアレが忘れられない程の快感だったのかと。
「どうしました?難し気な顔をなさって」
「いや……なんでもない」
だが、もちろんそんなことを言えるはずもなく、心配して声を掛けてくれたテオには、素っ気なく誤魔化した。お子様にはまだ早いとして。
「パパ!そんなこと言わないでよ!これからはいい子にするから!」
その時だった。身なりの良い小さな女の子の泣き叫ぶ声が耳を突いたのは。
「ええい、うるさい!おまえは俺の子じゃないんだ!もうパパだなんて呼ぶな!」
「いやよ!わたし、パパの子だもん!お願いよ!置いてかないでよ!」
何事だろうと、声の聞こえる方向に進んだヒースとテオは、そこで泣き叫ぶ小さな女の子を放置して、教会の神官と話している男の姿を捉えた。彼はなにやら紙を1枚その神官に渡していた。
「では、お願いしますよ」
そう言って、男は用事が住んだとばかりに、女の子を放置して立ち去ろうとした。
「待ってよ!お願い!捨てないで!パパ!!」
女の子は、それでも必死に男のズボンを掴んで離そうとはしない。だが、無情にも男は女の子を振り払うように蹴飛ばした。
「うるさい!もうおまえは、娘なんかじゃない!何度言ったら気が済むんだ!」
その目はとても冷たい目。仮にも今まで娘として育ててきた女の子が起き上がれず、ただ泣き叫んでいるというのに、その表情には感情のひとかけらも存在しない。
「おい、テオ。行くぞ」
「はい、若様」
その光景に苛立ちを覚えて、ヒースは混乱が続くその場所へと乗り込んだ。
「貴様ら、一体何をしているか!」
何となく、事情は察している。この洗礼式でこのようなことが起こる理由は、この娘が両親のいずれのスキルも発現しなかったためだろう。だが……
(いや……どうみても、そっくりだろう……)
蹴り飛ばされたときに怪我をしたのか、額と鼻から血が流れているが、その顔にはこの父親の特徴が至る所に現れている。それで、どうして親子ではないと言い切れるのか。
「なんだ!てめえは!ガキは引っ込んでろや!」
しかし、男は突然現れたヒースに激高した。おまえは関係ないだろうと。すると、テオはヒースの前に出て高らかに宣言した。
「誰だか知らぬが、この無礼者が!こちらにおられる方をどなただと心得るか!恐れ多くも、ルクセンドルフ伯世子ヒース様であらせられるぞ!」
「えっ!?」
その宣告に、男の顔が固まった。そして、その伯世子が今日この教会で洗礼式を行うという話を聞いていたことを思い出した。
「えぇ……と、本当にヒース様で?」
「ああ、そうだ。貴様、よくも我が領で騒乱を起こしたな!」
伯世子が『騒乱を起こした』と断じる——。
それは、伯爵家に対して謀反を起したという意味と同義だ。その先に待っているのは、一族の滅亡……。
「け、決して、そのようなつもりは毛頭もなく……」
先程までの威勢はどこに行ったのか。男は青ざめてひれ伏し、許しを請うのだった。
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