第17話 悪人は、女を集めろと命じる
「ひゃ、ひゃくはちじゅうまんも!?」
その金額の多さに、ヒースから話を聞いたロシェルは声を裏返して驚いた。何しろ、援助自体は遠い話だと思っていたし、あったとしても年10万G程度くらいだろうと思っていたからだ。
但し、驚きすぎて、20万Gほどヒースに中抜きされていることには気づけなかった。
「よくもまあ……御父君を説得されましたな……」
「この天使のようなかわいさを誇るワシの頼みだからな。何も問題はない」
ヒースは笑いながら自虐的にそう言った。自分でもわかっているが、それは表面上のことで、皮を1枚剥げば、そこには悪魔のような本性が潜んでいるのだ。
そして、そのことは目の前に座るロシェルも承知している。得体のしれない畏怖を感じて、額には汗がにじんでいた。
「それで、だ。以前の約束……忘れてはいないだろうな?」
ヒースは悪魔のような笑みを浮かべて、テーブルの上に置かれていたお茶に口を付けてから念を押した。
つまり、彼の望む人材の育成に教会として全面的に協力するということだ。もちろん、それはロシェルも理解しているが、その言い知れぬ迫力に、思わず息を呑んでしまい、即答できなかった。
「どうした?忘れたのか?」
「い、いえ!もちろん、覚えております!覚えておりますとも!」
返事がないことを訝しんだヒースの問いかけに、ロシェルは慌てて返事を返した。もし、ここで躊躇すれば、何をされるかわからない、そんな危険な香りを感じて。
「それで、まずはどうしますか?」
ゆえに、機嫌を損ねないためにも、早速実務的な話に入ろうとした。現在、ここにいる32名の孤児たちのスキルに関する資料ならすぐに用意できる。そう思ってロシェルは確認すると、ヒースは思わぬことを言った。
「他領の閉鎖された孤児院から修道女見習いに送られた女たちがいるだろ?そいつらのうち、年は10歳から13歳までの間で、顔の綺麗な者を20人ばかし集めろ。」
それは、武田家の歩き巫女のように、春を売りながら情報を集めさせるためだ。だが、ロシェルはそのことに気づかずにヒースに訊ねた。
「……若様。その年で、ハーレムをおつくりで?すると、もうエリザは飽きられたのですか?」
確かに、あの子はお世辞にも美人とは言えない。しかし、縁あって義理の父親となった以上は……ロシェルはその身の上を案じた。
「ちがうわぁ!!」
思わぬロシェルの勘違いに、ヒースは盛大に声を荒げた。
「大体、ワシは7歳だぞ!?精通もまだだというのに、何をどうして飽きると言うのか!」
ゆえに、当たり前だが今世ではまだ童貞である。エリザにもまだ指一本すら触れていない。ヒースはそのことを強調して、自分のハーレムづくりのために修道女を呼び寄せるわけではないと説明した。自身の構想も交えて。
「なるほど……確かに、睦み合う時は気が緩んで、ついうっかり秘密を漏らしてしまう可能性はありますね。それで失敗した者も知っておりますし、若様のお考えは理に適ったものかと考えます。しかし……」
仮にも孤児院は、教会の施設なのだ。しかも、修道女見習いを娼婦にすると知られれば、間違いなくロシェルは糾弾されて司教の座を追われてしまうだろう。ゆえに、彼は難色を示した。
「無論、若様には協力を惜しむつもりではないのですが……」
「わかっておる。ゆえにだ。その管理は孤児院から切り離して、別の者にやってもらおうと考えておる。表向きは、その者の養女にする形で引き取り、別の場所へ移すことにする」
そうすれば、その後娼婦になったとしても、ロシェルの預かり知るところではない。
「どうしても嫌がる者はどうするので?」
「その場合は、秘密を洩らさないように忘却魔法をかけて、他の孤児たちと共に15歳になるまで孤児院で過ごしてもらうことにする。但し、差別はするつもりだ。スキルに応じた教育訓練を受けさせないし、15歳になれば今までの孤児院のやり方と同様に放り出す」
例え、どのように優れたスキルを持っていようと例外はない。そうしなければ、娼婦となった者たちから不満の声が上がるし、いずれ誰もやりたがらなくなるだろう。ケジメはつけるべきだとヒースは言う。
「それで、貴様はどうするつもりだ?」
その上で、ヒースはもう一度ロシェルに決断を促した。協力するのかしないのかと。だが、ここまで聞いてしまえば、ロシェルも協力せざるを得なかった。
「委細承知いたしました。すべては、若様のおおせのままに従います」
その旨をはっきりと明言して、ロシェルは頭を下げたのだった。
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