第69話 悪人は、友人の「律義さ」を惜しむ

「それにしても、流石は魔王様って呼ばれるだけはあったよな。上級生たちもみんな目を丸くしてたし……」


「そういうおまえだって、目立ってたそうじゃないか。オークが地位に物を言わせて幼気な平民娘を毒牙にかけようとしてるとか?」


聖誕祭のパーティが終わった翌朝、授業前の教室でヒースとルドルフは昨夜のことを話題にして談笑していた。「オークとは酷いぞ」と反論するルドルフだが、その表情には剣呑さは見られない。


「しかし、いつの間にユリアとそのような関係になったんだ?」


ヒースは訊ねる。パーティの前日にこのクラスの女どもに囲まれていたから、その中から選ぶものだと思っていたと。そして、彼女は平民ゆえに、これから苦労するのではないかと。


「あれはな……そういう関係になったことにしないと、マチアスさんを含めて守ってあげることができないからだよ。どうやら、この貴族の世界は思ったより甘くはないようでね……」


ルドルフが言うには、アルデンホフ公爵に死を齎すことになったあの裏帳簿を巡り、宰相派からの突き上げが続いていると。つまり、裏帳簿に名を連ねた連中が秘密を知るマチアスを恐れて、何とか始末をつけようとしているらしい。


「だから、俺の御手付きということにして、お爺様に守ってもらうように話を付けたんだ。そうしないと、いつ政争の具として引き渡されるかわからないからね」


以前のように、ルドルフは全面的に祖父のことを信じてはいない。無論、家族としては大好きではあるし、尊敬もしているが、政治家としては別の話だ。そして、その判断は正しいとヒースも理解する。


「それにしても、前から思っていたが、おまえって律儀だよな……」


それはヒースにとっては決して褒め言葉ではない。この調子で自分の行動に枷を嵌め続けて行けば、いつか身動きが取れなくなるぞという警告……。


もし、ヒースが同じ立場なら、間違いなくそこまでの面倒は見ていない。政争の具として引き渡されるのがわかっていても、それを防ぐことで利がなければ、見ないふりをするだろう。だが、ルドルフには伝わらない。単純に褒められたとさえ思っている。


(愚かなことだな……)


明らかに照れ笑いを浮かべる友人をヒースは憐れんだ。ただ、人生はそれぞれだ。野心を抱かずに、権力争いに身を投じないのであれば、何も問題ないのかもしれない。立場的にそれが許されるかどうかはわからないが。


「それで……おまえの方はどうなんだ。ユリアのことは好きなのか?」


だが、そのことをこれ以上考えても仕方ないと考えて、ヒースは頭の中の思考を切り替えて、話の筋を戻した。


「そうだな……好きか嫌いかといえば、好きだな。かわいいし、気立てもいいし。何よりも、俺のことを恐れずに普通に接してくれるのも嬉しいと言えば嬉しいし。……だけど、おまえのように、あんなに愛し合えるほどかと訊かれれば、正直判らないといったところかな」


第一、身分に開きがあり過ぎるのだ。国内二大派閥の領袖たる侯爵家の嫡孫。その相手が平民というわけにはいかないというのがこの国の常識だ。まだ恋愛とはどういうものか知らない上に、そのような足かせがあるのだから、軽々に語れることではない。


だから、ヒースは言った。「もし、その気があるのなら、飛びっきりの秘策を授けてやる」と。身分の差はそれで何とかなると、請け負った。


一方、そのときエリザの方から不穏な会話が届いてきた。


「ねえ、エリザ。本当にもうネズミとかゴキ〇リとか集めなくてもいいのよね?」


「食堂に行って……ゴミ箱からバナナの皮を集めて来なくてもいいのよね?」


「ええ。もう泥棒猫との決着がついたからね。でも、助かったわ。二人ともありがとう」


そう言って、エリザは満面の笑みで、それとは対照的に疲れ切った表情をするマチルダとビアンカに感謝していた。そして、お礼に今日のカフェ代は奢ると宣言する。そんな光景にヒースは察した。ルキナの心が折れた理由というものを。


(夜な夜な、婚約者がいる男と夜の校舎で逢引しているという噂は聞いていたけど……ネズミにゴキ〇リにバナナの皮?ホント、容赦ないな……)


心を通わせたあの日以来、エリザの雰囲気が変わったとヒースは思っている。纏っていた鋼鉄の鎧が剥がれ落ちて、感情が表に出始めた彼女は、人間味が出てより魅力的になったと。だが、本当にこれでよかったのかは自信が持てなかった。


もし、将来浮気をしようものなら……そう考えたとき、身が竦む思いがしてブルっと震えたヒースであった。

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