第68話 悪人は、独りぼっちで待ちぼうけを食らう

時計の針は、18時をすでに過ぎていた。


「遅いな……」


待ち合わせ場所である寮の玄関先で、独りぼっちになってしまったヒースは呟いた。つい30分前までは、彼と同じようにパートナーと待ち合わせのためにウロウロしていた生徒たちもすでに出発していて誰も残っていない。ルドルフもギリギリまでは一緒に居てくれたが、ユリアと共にすでに去っていた。


しかも、パーティはすでに始まっているようで、会場となっているダンスホールからは直線距離で500メートルほどしか離れていないこともあってか、この場に居ても美しい音色がヒースの耳にも届いている。それなのに、ルキナは一向に姿を現さない。


そして、時折吹いてくる冷たい風がヒースの体と心を打ち付ける。まさに最悪な聖誕祭の幕開けだった。


(はあ……エリザの仕業だろうが、いつまでこうしていればいいんだろうか?)


もう行かないで済むのなら、それはそれで説明してくれよと、ヒースはため息交じりで月を見上げて思った。尤も、これはエリザが与えたヒースへの罰なのかもしれないと思えば、甘んじて受けるしかないのだが、流石にこのままだと風邪をひく。そうしていると……


「申し訳ありません。準備に時間がかかりましたので」


そういいながら、純白のパーティドレスを纏ったエリザが同じようなデザインをした水色のドレスを纏ったルキナを伴って現れた。そう……伴って現れたのである。


「ええ…と、これはどういう……」


エリザの一歩後ろで苦虫を潰したようにしているルキナの表情を見て、只ならぬ雰囲気を察してヒースは訊ねた。すると、エリザは言った。「話がまとまった」と。


「ヒース様は、いずれこの国の頂点を極められるお方にございます。ですので、妻が3、4人いたって何も問題ありません。そうですわよね、王女殿下?」


「え、ええ……そ、そうですね……」


きっと、とても怖い思いをしたのだろう。今まであれほど強引だったルキナが怯えてエリザの言葉を認めている。しかも、何故か敬語だ。


「それならば、寧ろこの機会を生かして、ヒース様のお力を示すべきかと考えます。まあ、そういうことでして、今日はわたしもご一緒させていただくことになりましたわ」


なにが「そういうこと」なのかはわからないが、エリザは礼儀正しいが少し傲慢に言い放った。


「つ、つまり、ワシにどうせよというのだ?」


「簡単なことですわ。わたしと王女殿下を左右に侍らせてホール入りをなさって下さいませ」


ヒースの右隣にエリザ、左隣にルキナ。そうすれば、何も問題がないと。だが、本当にそれでいいのか。


「ルキナもそれでいいんだな?その場合は、エリザの方が正妻ということになるが……」


「……すでに話はできているわ。色々、条件も確認済みだから、わたしも異存はない。……というか、この子怖いから蒸し返すような真似はやめてほしい……」


そう言ってルキナは話を打ち切ろうとした。その態度から、どうやらその話は危険だと察知して、ヒースもスルーした。まあ、当人たちが問題ないのであれば口を挟むべきではないだろうと。


「それよりも、もう始まってるじゃないですか!早く行きましょうよ!」


遠くから聞こえてくる音楽に気づいたのだろう。エリザが二人を急かしてきた。ゆえに、ヒースは二人に手を差し出した。ルドルフがやっていたことの真似だが、間違っていなかったようで、右手はエリザが、左手はルキナが握った。


「それじゃ、参りましょうか。お嬢様方」


「「はい!!」」


まさに両手に花。左右から喜びにあふれた返事が聞こえて、ヒースは満足げに一歩を踏み出した。


(まあ、これで一件落着か……)


この後迎えるダンスホールでの悪目立ちなど、ヒースは問題にはしていない。言いたい奴には言わせておけと思っているのだ。それで、何かしてくるようならば、実力で黙らせれば済むことと。


しかし、家庭のことはそうはいかない。古今東西、転生前の世界も今いる世界も、正室と側室が揉めて、国や家を傾けたケースは枚挙に暇がない。それだけに、この二人の関係が落着するのであれば、ヒースにとっては言うことがなかった。

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