幕間 元女神は、平民娘にひれ伏す

その日は、パーティ当日。天気も快晴で、雨や雪が降る気配はなかった。


しかし、主役となるはずのルキナの心は晴れてはいない。それどころか、ヒースを罠に嵌めてから此の方、毎日あらゆるところで攻撃を加えられて、心身ともにボロボロだった。


廊下を歩いていれば、バナナの皮で滑って転ぶし、家に帰れば、いつの間にか沸いたゴキ〇リの1個連隊が彼女を出迎える。さらにいうと、友人の間には変な噂が広まって微妙に距離が置かれるようにもなった。


すぐにあのエリザの仕業だと考えて、学院の許可を得て護衛を付けてもらったが、その護衛たちの目を掻い潜っては続く数々の嫌がらせ……。


「もういやぁ!どうしろっていうのよ!!」


ようやく悲願が叶おうかというその日を迎えたというのに、ルキナは起床と同時に叫んだ。すると、その音が合図になったのか、今度は天井の板が外れて大量のネズミが彼女のシーツの上に落ちてきた。


「ぎゃあああああああ!!!!!!!!!」


まさに、ホラーである。ゆえに……彼女の心はついに折れて、着の身着のままにも拘らず、その足でエリザの部屋を訪れたのだ。


「どうか、どうか、どうか……お許しください……」


ガタガタ震えて土下座するその姿は、最早、元女神だとか王女様だとかの威厳はない。しかし、当のエリザは「何のことでしょう?」とすっとぼけて見せた。自分がやったという証拠は何も残っていないのだから、迂闊なことを言って足を掬われまいと。


すると、それを察してか、ルキナは嫌がらせの事には触れずに、本題に入った。


「お願いします……エリザ様が正妻で構いませぬので、どうか……側室、いや愛人でも構いません。寛大なお心で、ヒースの側に居させては貰えないでしょうか?」


それが認められなければ、何のためにこの世界に転生してきたのかわからない。ルキナとしては絶対に譲ることができない境界線だった。すると、エリザは言った。


「王家に連なるお方を側室になどすれば、王家との確執が生まれましょう。ですので、第2夫人ということで」


それならば、王家の面目は確かに立つだろう。但し、それを王家に認めさせるのは、あくまでルキナの役目だとエリザは言った。


「もし、王家がそれを認めないというのなら、わたしもあなたがヒース様の妻に加わることを認めません。愛人としてでもです。よろしいですね?」


「は、はい……奥様の寛大なご措置に感謝を申し上げるしかありません」


ルキナはがっくりと項垂れて、この瞬間、エリザの軍門に下った。そして、今晩のパーティへの出席は見合わせるとも告げた。


「奥様を差し置いて、身の程知らずにも出しゃばるわけにはいきません。どうか、今宵は奥様が代わりに……」


「なりません。それでは、ヒース様が恥をかかれることになります。王女殿下に捨てられたという悪評が立てば、どうしますか?」


「そ、それは……」


あれだけの人がいる前で宣言したのだ。だから、最早後には引けないと。


「それなら、奥様はわたしが予定通りにヒースと行ってもよいと?」


それならば、ルキナにとっては言うことなしだ。だが、それが認められるのであれば、今日までの数々の嫌がらせは不要というもの。ゆえに、エリザは告げる。自分も一緒に行くと。


「両手に花。これで、ヒース様の御名が一層高まりますわ!それで行きましょう!」


はっきり言って実現すれば前代未聞で、ヒースが悪目立ちしかねないなのだが、エリザは構わずにそのようにすると決めた。無論、ルキナに拒否権はない。


「しかし、奥様。ドレスの方は……」


何しろ、急に出席することになったのだ。今から手配しても間に合わないだろう。もちろん、こういう時に備えて何着かは準備しているかもしれないが……第1夫人が第2夫人より見すぼらしい格好で出席するわけにはいかないだろう。


「それについては、ご心配なく。あなたが今晩着るはずだったドレスをわたし用に手直しすれば問題ありませんので」


「は……?」


エリザの心無いその言葉に、ルキナは目を丸くして唖然とした。あれは、今晩のために王家のお抱えデザイナーにお願いして特注で作らせたものだ。無論、ルキナも着るのを楽しみにしている。それを取り上げると目の前の少女は言ったのだ。


「ど、どうか……それだけはご容赦を……」


直ちにデザイナーを呼んで、エリザ用のドレスを作らせるというルキナ。エリザは、「それならば」とその条件を受け入れた。


「直ちに、リーゼロッテを呼んで!大至急よ!」


自分の部屋に戻るなり、心配そうにするだけで何の役にも立たなかった護衛たちにルキナは命じる。可及的速やかに、エリザのドレスを作らなければならないのだ。せめて、それくらいの役には立てと言って。

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