第198話 悪人は、負い目を感じて謀反を思い止まる
「ああ、くそ!気分が悪いわ!!」
ここは、魔王城のリリスのプライベートルーム。今日は火曜日ということで、ヒースはこの部屋で夜を迎えていた。しかし……昼間のリヒャルトらとの会合のことを思い出して、大いに荒れていた。
だから、ヒースから事情を聞いたリリスは提案したのだ。それならば、みんなの期待に応えて謀反を起してはどうかと。
「だって……あなたって、謀反の達人なのでしょ?力もあるわけだし、そんなムカつくこと言う上司なんか、皆殺しにすればいいじゃない」
そして、ヒースが国王となったロンバルド王国が中心となって、魔族と共存できる世界を作っていく。それは、歴代魔王の中でもひと際穏健派と言われるリリスの願いにも合致していた。
ただ……ヒースはこの提案に頷かない。
「なんで?その方が手っ取り早いんじゃないの?」
「それをすれば、ルキナが悲しむことになる……」
「ルキナ?それって第二夫人の……?」
「ああ、そうだ。そして、摂政のリヒャルトは、彼女の父親なのだ」
短い言葉の応酬の後、ヒースはこれまでの経緯をリリスに説明した。転生神殿で女神だったルキナを襲って堕天させたこと、そして、それに負い目を感じていると。
「折角、この世界で彼女は幸せを感じているのだ。それを壊したいとはワシは思わん」
「……あなた、稀代の謀反人という割には、意外と義理堅いのね」
『義理ワン』の伝説が泣くぞと、呆れるようにそう答えたリリスであったが、決して嫌いな考え方ではなかった。だから、ヒースも落ち着きを取り戻したこともあり、この話題はこれまでとした。そのうえで……
「ねえ、ヒース。わたしたちの結婚式なんだけどね……」
リリスは、今日の本題とばかりにその話題を口にした。しかも、アカネを交えて初めに決めていた来年6月という挙式の日取りを大幅に前倒ししてきたのだ。曰く、来月に行いたいと。
「来月?いくらなんでも、急すぎるのではないか?」
「まあ、そうなんだけどね……実は……できちゃったのよ」
「できた?一体何がだ?」
「……赤ちゃんに決まっているでしょ。こちらの魔導士の見立てでは、妊娠5週目ということらしいわ」
「え……?」
あまりもの突然すぎる告白に、ヒースは驚いた。そして、指を下りながら数えてみる。5週目ということは……と。
「つまり、あの森の中で仕込んだ一発で孕んだということか!」
「は、はずかしいから、そんな大きな声で言わないで!」
リリスは顔を赤くしてそう抗議するが、ヒースは構うことなく満面の笑みを浮かべて彼女を抱きしめた。
「ヒ、ヒース?」
「よくやった。おめでとう、本当によくやった」
「あ、ありがとう……それでね……」
抱きしめたままのヒースの耳元で、リリスは先程の話を続けた。結婚式を前倒しする理由は、お腹が大きくなった状態でウェディングドレスを着たくないという、女性としては至極もっともな理由であった。
「あの……それでいいかしら?」
「そういう事情なら、否と言えるはずがないだろう。来月のいつにするつもりだ?」
「20日……1月20日はどうかなって思っているわ。それで、構わないかしら?」
そう言われて、ヒースは懐のポケットから手帳を取り出し、その日が空いていることを確認して伝えた。「問題ない」と。
ただ、そうなると色々と段取りを決めなければならない。リリスが鈴を鳴らすと、そう時間を置かずに一人の男性魔族が姿を現した。彼女が言うには、この男は名をアガレスといい、この魔族の国の宰相であった。
「よろしいですか、ヒース様。『松永久秀』という名で挙式に望まれる以上、変装は必要不可欠となります。そこで……変身魔法を伝授いたしたいと思います」
「変身魔法?」
それは、陽炎衆がスキルとして使っているようなものなのかと考えて、大体のイメージで話すと、アガレスはそれで間違っていないと答えた。それならば、ヒースとしては望むところだ。
「それで、ワシはどのような姿に変身すればよいのだ?」
「松永久秀という名は、ヒース様の前世だとか?それならば、その世界で若者だった時の姿に変身なさるのがよろしいかと。お爺ちゃん姿では、魔王様が恥をかかれますからな……」
アガレスはそう言って、魔王の隣に立つ以上は、相応な姿に変身することをヒースに求めた。そのため、この後に行われた魔法の修業は、正に過酷なものとなるのだった……。
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