幕間 亡命王族は、陰謀に保険をかける
年の瀬になっても、セイラム大聖堂の魔法陣へ向かう人々の列は途絶えていない。実際には、すでに勇者を召喚するに足るだけの魔力は集まっているのだが、水面下で準備が進行している陰謀のカモフラージュのため、引き続き受付を継続していた。そして……
「お待ちしておりました。ブルボン公」
行列のある表通りに注目が集まっている中で、裏口から運び込まれた大きな箱から出てきた男を陰謀の首謀者であるバランド侯が恭しく出迎えた。今は辺境伯に降格されているが、エドモン・ド・ブルボンは、旧バルムーア王国では、上位の継承権を持つ王族の一人だった。
「……生きているとはな。本当にしぶといものだ」
但し、ルイ王の転落と王国滅亡の原因に、このバランド侯爵は間違いなく絡んでいると認識しているため、エドモンは不快感を禁じえなかった。
王宮で囚われの身となっているシャルル王太子を救う手段があるというので、監視の目を誤魔化してここまで来たわけだが、バランド侯の説明次第では、ロンバルド側への告発も辞さない構えだ。
「お褒めの言葉と受け取っておきましょう。では、こちらへ」
しかし、バランド侯はそんな思惑に気づいていないのか。それとも、これから打ち明ける企てに余程の自信があるのか。特に気にするでもなくエドモンの皮肉を軽く受け流して、2階にある自分の部屋へと案内した。そこには味方する旧バルムーア出身の貴族たちが多数集まっていた。
「実は……我らは、今回召喚する勇者を利用して、このロンバルドを滅ぼすつもりです」
「ほう……」
一体どのようにして召喚した勇者を利用するかはわからないが、もし実現できるのであれば、王国再興を志すエドモンにとっても渡りに船だった。そのため、まずは心を鎮めるべく一つ息を吐き出してから、より詳しい話を聞こうと身を乗り出した。
すると、バランド侯はそのまま話を続けて、計画の全容を打ち明けた。最終的にシャルル王太子を復活したバルムーアの国王に据えることも含めて。
「それで、ワシに何をしろというのだ?」
「旧バルムーアの貴族たちに声を掛けて、人を集めて頂きたい。そして、その者らを使って、勇者召喚の儀式が執り行われている最中に、このセイラム大聖堂に繋がる橋を全て爆破してもらいたいのです」
セイラム大聖堂のあるこの場所は、テムール川の中州に位置しており、橋がなければ往来することは不可能な場所だ。橋の爆破は、国王や摂政ら政府首脳を逃がさないための手段であるとバランド侯は説明した。
「だが、本当に勇者が言うことを聞いてくれるのか?伝承では、途方もない強大な力を持っていたと伝わっているが……本当に制御できるのか?」
「その点については、ご心配には及びません。あの魔法陣ですが……術者の言葉には逆らえない呪文を刻んでおります。どのような化け物が召喚されても、わたしの言うとおりに動くことは疑いありません」
そう、自信満々に答えたバランド侯ではあるが、エドモンは一抹の不安を抱かずにはいられない。どうしてもその姿は、年初にテルシフの王宮で『ロンバルド侵攻作戦』の説明をしたときの姿と重なって見えたからだ。
(これは、保険をかけた方がよさそうだな……)
こういう調子のよい話には、よく落とし穴があるものだ。そう考えたエドモンは、協力する見返りに一つ条件を出した。
「なあ、バランド侯よ。危険な橋を渡るのだ。どのみち、シャルル殿下はまだ幼いのだから、今回の件が上手く行ったら……ワシを国王にしてはくれぬか?」
「な……!」
その言葉は予想外であったのだろう。エドモンが告げた言葉に、余裕綽々だったバランド侯の顔が歪んだ。ただ……それでもエドモンは怯まない。
(もし、失敗に終わった場合、シャルル殿下を巻き込むわけにはいかない!)
その王室への忠誠心から、あえて憎まれ役を買うことを決意して、「シャルルが成人するまで」という条件を付け加えて、再び申し出た。そして、これが認められないのなら、協力できないと。
「むむむ……これはどうも見損ないましたな。まさか、あなたの心の中に秘めた野心があるとは思ってもみませんでしたよ」
「まあ、この状況だからこそ欲も出るものだよ。……それで、どうする?この話、他の王族に持って行くかね?」
もし、バランド侯がそのような行動に出るのであれば、その前に自分を消しにかかるだろうなと考えて、エドモンは警戒を強めた。しかし、バランド侯の首は左右に振れた。
「……わかりました。但し、あくまでもシャルル殿下が成人するまでという条件ですよ。それでよろしいですか?」
「ああ、構わない。それでは、早速ワシも動くとしよう」
こうして話はまとまり、エドモンは来たときの同じように大きな箱に入り、裏口から運び出されていく。ちなみにだが、勇者召喚の儀式は、年が明けた1月21日に執り行われる……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます