第199話 悪人は、痴漢に間違えられて成敗される

「ねえ、導師。最近、わたしのこと忘れていない?」


今日は日曜日。そういうことで、クラウディアと馬車に乗ってお出かけしているのだが、突然そのように言われて、実の所ヒースはギクリとした。


「そ、そんなことはナイヨ?」


取りあえずはそう答えたが、もちろんこんな話を切り出すくらいなのだから、クラウディアは納得したりはしない。そして、よくよく聞いてみると、彼女は自分だけ結婚式を挙げていないことに不満を感じているようだった。


「だが……ディアはまだ13歳じゃないか。少なくともあと2年は……」


「どうしてよ!わたしだって、妊娠しようと思ったらできる体になっているわ!」


「いや、しかしだな……。王国の法律では結婚は15歳以上となっているのだぞ。したくてもできぬだろうが……」


「そこは……お爺様にお願いして法律を変えるのよ!チョロいから、ちょっと涙を見せたらきっと叶えてくれるわ。それなら問題ないでしょ?」


「大有りだ、馬鹿もん!それを認めれば、カリンがアーベルと結婚してしまうだろうが。そのような法改正は、断固として認めるわけにはいかん!!」


ヒースは結論としてそうぶちまけるが、クラウディアとしてはドン引きだった。「このシスコンが……」と呆れて、聞こえないような小さな声で呟いた。窓の外に顔を向けて。


「あれ?」


「ん?どうかしたのか?」


「見間違えかもしれないけど、今、そこの酒場にオリヴィアが入っていったような……」


「なに!?」


ここは王都でも決して治安が良いとは言えない下町である。そんな場所に国王の婚約者が姿を見せること自体、ほぼあり得ない話であった。しかも、周囲を見る限り、警護に当たる兵の姿も見えないのだから、もし本当に中にいるのであれば、お忍びということになる。


「馬車を止めよ!」


ヒースは嫌な予感がして、直ちに馭者にそう命じた。そして、馬車が止まるなり、クラウディアと共にさっきの酒場へと向かった。


「むむ、外からではよくわからぬな……」


「踏み込みます?」


「そうだな……。だが、中にオリヴィアがいた場合、この姿では逃げられるかもしれないか。よし、それなら……」


「どうする気?……って、え?誰?」


さっきまで隣にいたはずのヒースが別の男と入れ替わっていて、クラウディアは驚いた。しかし、それはヒースが習得したばかりの【変身魔法】を使ったからに過ぎない。


「それじゃ、本当に導師なのね?」


「ああ。その証拠に……おまえはここが弱いということも、この通り知っておる」


「あ、あん!だめ、そこ……弱いの。わ、わかったから、もうやめて……」


いつぞやのように、クラウディアの胸元に手を滑り込ませて、そこにあった豆をギュッと摘まんでコリコリと弄ぶと、彼女はようやくヒースの言葉を信じた。但し……白昼堂々エッチな喘ぎ声を上げれば、自然と注目も集まるわけで……


「ちょっと、あなた!何をしているのよ!」


「えっ!?あ?」


「この痴漢が!手を放しなさいって言ってんのよ!」


中から現れたオリヴィアは、完全に誤解したまま、エッチなことをされ続けているクラウディアを救うために、ヒースの股間を容赦なく思いっきり蹴り上げた。


「ぐっ!がぁああああ!!!!!!」


「ど、導師!?」


完全に不意を打たれて防御が間に合わずに、その攻撃をまともに受けることになったヒースが悶絶してのたうち回っている。そのため、クラウディアは素性を隠すために変身しているという設定を忘れて、素でいつもの呼び方で言葉を投げかけた。


……となると、オリヴィアもこの痴漢男がヒースであることに気づく。ちょうど、痛みのせいで【変身魔法】も解けたこともあって。


「あの……クラウディアさん?アルデンホフ公となぜこのようなことを?」


「え……?」


間抜けなクラウディアは、自分がバラしたというのに「なぜバレたのだろう」と頭が真っ白になって言葉を詰まらせた。ただ……変わらず苦悶の表情で脂汗を流しているヒースにすがるわけにもいかず、必死に言い訳の言葉を探した。そして……


「実はね、わたし今、とある小説にハマっていまして……それで、導師に変装してもらって再現してもらっていたのよ!」


「さ、再現って……このようは公衆の面前で痴漢されるっていうお話……?」


「そ、そうなのよ!その方が燃えるというか……」


言い訳としては最悪な部類の話を集まった人々の前でぶちまけてしまった。無論、オリヴィアもドン引きだ。


しかし、素性が明らかになった以上は、放置するわけにはいかず、オリヴィアは酒場の中から出てきた知り合いらしき男たちに頼んで、ヒースを中へと運ばせた。そのうえで、クラウディアには「少しお話をしましょうね」と告げて、同じように中へと連行するのだった。

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