第95話 悪人は、弟子の裏切りを受ける

エリザに連れられてヒースのいる教室に入るや否や、クラウディアはヒースから守るような形で上級生たちに取り囲まれて面食らった。しかも、「辛かったわよね」とか「守ってあげるから安心して」とか、意味不明な言葉を先輩方から労わりや慰めの言葉をかけられる。


「……あの、導師?これは一体……」


だから、意味が分からずに先輩方の壁の向こうにいるヒースに訊ねる。すると、彼は不貞腐れたように返事をした。


「みんな、ワシがディアを無理やり犯したって責めるんだよ。この写真は……おまえがただワシの膝の上に乗っただけだと言ってもな……信じてくれないんだ」


「はぁ……確かにその写真は、あのときの……ですね。わたしの初めてを散らされたときの……」


「おいっ!」


誤解であると説明してくれると期待していたのに、まさかの裏切り。ヒースは思わず語気を荒げた。すると、クラウディアはクスクス笑い、「冗談ですよ」と言ってから、この場に居た全ての人に誤解であることを説明した。


「わたしの方はいつでもOKなんですけどね……」


最後に余計なことを言った瞬間に、また周囲のヒースを見る目が厳しくなったが、それでも一先ず騒動は収まる。そして、傍観していたエリザも近づいてきて、ルキナを加えた上で場所を移そうと提案してきた。確かにここでは人目がある。


「わかった。それならば、例の地下室へ」


昼休みが終わるまではまだ20分ほど残っていた。ここからだと往復で10分だ。ギリギリ何とかなると踏んで、ヒースは3人を連れて教室を出た。そして、歩きながら簡単にだが、クラウディアに『第3夫人』の件について話をする。宰相から命じられたと。


「うそ!?本当に……?」


「ああ。何でも、昨日のラブレターで夜中に自慰していたらしいな。ワシの名を繰り返し呼びながら……」


「はあっ!?」


「なんだ?もしかして、バレていないと思っていたのか……?」


ヒースは呆れたようにクラウディアに言った。だから、公爵も王太子との婚約継続を諦めて、責任を取れと言って来たと。だが、当のクラウディアには心当たりがない。


「ち、違うわ!わたしは……オ、オ…ニーなんてやってないわ……」


顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにクラウディアはヒースの言葉を否定した。だが、歩きながらの会話のせいもあってか、ヒースには聞こえなかったようで……


「悪い。聞こえなかった。もう一度、今度は大きな声で言ってくれ」


まさかの催促をされてしまう。だから、クラウディアは頭に血が上って咄嗟に言ってしまった。彼が求めた大きな声で。


「こんなところで、オ〇ニーなんて言えるわけないでしょ!この変態!!」


その言葉に、廊下を行きかう生徒たちの生暖かい視線が一斉に向けられた。


(ま、まずい……!)


ヒースは悪目立ちしたことを悟り、顔をひきつらせた。しかし、一度放たれた言葉は取り返すことができない。


「すげぇな、魔王。子供にオ〇ニーって叫ばせようとしたみたいだぜ……半端ねぇな」


「こういうのって、『セクハラ』っていうのよね?あの子もかわいそうに……」


「あれ?でも、あの子ってハインリッヒ殿下の……。もしかして、報復か?」


「ああ、それならさっき『寝取った』って聞いたぞ」


「だったら、調教か?いや、いくらなんでもあんな小さな子にか?……引くわ」


まさに、教室で起ったことと同じ現象が、この廊下に舞台を移しても引き起こされていた。ヒースは頭を抱えて、ルキナに縋るように頼み込んだ。


「ここに居る者たち、全ての記憶を操作してくれ」と。


しかし、彼女はできないと首を左右に振った。一人や二人ならともかく、見る限りこの場にいるのは十数人以上だ。記憶操作を終えるよりも、噂が広まるのが早いだろうと。


「まあ、ヒース様。人のうわさも75日と言いますから、気になさらないのが一番ですよ」


そして、落ち込む彼にそう慰めの言葉を掛けるのはエリザだ。だから、この場で足を止めるのではなく、一刻も早く地下室へ行こうと進言した。


「わかった。エリザの言うとおりだ」


ヒースは、こうなった全ての元凶の言葉に複雑な思いを抱きながらも、その正しさを認めざるを得ない。ゆえに、今度は誤解を解くことなく、そのまま立ち去るのだった。

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