第94話 悪人は、その報復に戦慄する
「ヒース様……だからあれ程いったじゃないですか。くれぐれもご注意くださいと。クラウディアさんは、何を考えているのかわからないからと……」
「はい……すみません。ごもっともでございます……」
「あと……なぜ正座を?」
学院に戻ったヒースは、エリザに事の次第を報告して、許しを乞うていた。何しろ、いつも穏やかで優しい彼女であるが、怒らせると怖いということはルキナからもこっそり教えられている。
(朝のパンに虫の足を仕込まれたら……)
正座しているのは、誠意を見せて報復を受けないようにするためでもあった。もちろん、そのことを言うわけにはいかないが。
ただ……いつまでもこうしているわけにはいかないのも事実で、ヒースはエリザの許しを得て立ち上がると、終わったことよりも今後のことを相談した。即ち、『カリンとアーくん問題』の解決方法についてだ。
「ワシとしては断腸の想いではあるが……あの『おねしょ小僧』よりかはマシであるし……」
だから、この際二人を婚約させてもいいとヒースは言った。ただ、その決断を下すためには、二人の気持ちを確認する必要があるだろうとも。
ただ、表向きは二人のことを知らないことになっているので、どう話を持って行けばよいのか。ヒースは思案に暮れてエリザに意見を求めた。すると、彼女は言う。クラウディアに協力を求めてはと。
「あの子が止めたのでしょう?ヒース様がアーベル君に会おうとしたのを。だったら、責任を取らせましょう」
正確には、ヒースがアーベルを毒殺するのを止めたのではあるが、エリザはあえて表向きの事実を並べてそのように言った。だが、その言葉の節々には怒りが滲み出ていて……
(要は、ワシを嵌めたあやつにケジメをつけさせる……そういうことだな)
ヒースは彼女の心の内を察して、その提案を認めた。よくよく考えれば、彼女が偽のラブレターで自慰行為をしなければ、カリンが王太子妃の候補に推されることもなかったのだ。責任を取れというのは、まさに妥当とも言えたのだ。
「それでは、早速彼女を呼び出してくれ」
「畏まりました」
何しろ、今の時点ではカリンに知られるわけにはいかないのだから、ヒースの方から1年の教室に行くわけにはいかない。だから、今回は彼女の方に来てもらうしかなかった。
すると、そこにエリザと入れ替わるようにしてルキナがやってきた。しかし、様子はどこかおかしい。何やら怒っているようにも見えた。
「ヒース!どういうことよ!」
そして、それは見間違えではなかったようで、開口一番、彼女は語気を荒げてヒースに詰め寄ってきた。
「お、おい……一体どうしたんだ?」
怒られる理由に心当たりがなくて、戸惑ったヒースであったが……それは悪手だった。怒りに油を注ぐに等しい行為とも言え、ルキナはより強い口調で言い放った。
「どうしてよ!なんでハインリッヒの婚約者を寝取ったのよ!!」
騒がしかった教室が、その一言で静まり返った。
「えぇ…と、ハインリッヒって確か、あの王太子だよな?」
「でも、婚約者って確か……1年生の……」
「流石は魔王だな。敵対する者には容赦はしないということか……」
「でも、相手は10歳よ。それを寝取るということは……もしかして、ヤっちゃったのかしら?それって犯罪じゃ……」
「まあ、魔王だからな。何でもありじゃないのか?」
「いやいや、ロリコンはちょっと……」
喧々諤々。ルキナの怒りの言葉を耳にしたクラスメイト達は、口々に思った感想を吐き出しては、ヒースを見た。特に女性の多くからは、軽蔑するような眼差しを向けられた。
「お、おい……おまえら何を誤解している。俺は潔白だ!ヤってはいないぞ!!」
ヒースは必死になって弁明を試みようとするが、そんな彼の肩を叩いて、ルドルフが目の前の机に「証拠だ」と言って1枚の写真を置いた。それは、東屋でクラウディアがヒースの膝の上に乗った時のもの。エリザがちらつかせたことがある写真だった。
「ど、どうして……これを……」
「ん?どうしてって、さっき床に落ちてたぞ。そこに」
ルドルフが指し示したのは、エリザがさっきまで座っていた場所だ。ルキナの突入と言い、話が出来過ぎている。
(まさか……エリザの報復?)
ヒースの顔から血の気という血の気が引いた。だが、そうやって呆けている場合ではなかった。写真を見た女たちは一斉にヒースを「ケダモノ」と非難してきた。確かに写真はどうみても、怯える10歳の女の子を欲望むき出しで、無理やり犯しているようにしか見えない。
「違ぁう!断じて、俺はヤってない!!」
信じてくれと、マチルダやビアンカにも救いを求めるが、彼女たちもヒースが一歩近づけば、二歩下がっていく。取り付く島がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます