幕間 宰相は、王太子を見限った理由を語る
「……義父上。いくらなんでも、さっきの話は……」
ヒースが来たときとは違って、顔を青くさせながら屋敷を去った後、見送りを終えたクライスラー侯爵マルクスは、再びクロードのいる宰相執務室に戻り、抗議の言葉を伝えた。あれでは、クラウディアが『淫乱娘』ではないかと、その名誉を気遣って。
「実際には、手紙にキスした所まででしょう?それなのに、『自分で慰めていた』などとは……」
いくらマセているとはいっても、10歳で自慰行為は流石に早すぎるだろうと、マルクスは呆れるように言った。すると、クロードはその点については悪かったと答えたが……
「しかし、結果としては上手く行ったわけだ。大体、そういうおまえだって、止めなかったじゃないか」
それなのに、今更どうして文句を言うのかとクロードが笑うと、マルクスは否定しなかった。
「まあ、彼を我が陣営に繋ぎとめるには、有効な手であるとは認めていますからね」
『黄素妙論』のことは横に置いておいても、ヒース・フォン・ルクセンドルフが非常に優秀な男であることは、所領の繁栄と王都での活動からしても明らかである。マルクスは、国家情報局長として近年のヒースの行動のほとんどをつぶさに観察して、そう以前から断じていた。
ゆえに、そんな彼が宰相派に所属しつつも、外戚派のティルピッツ侯爵の孫と親密になり、軸足を次第にそちらへと傾けていることを危惧していた。事実、3年前の裏帳簿事件では、彼が暗躍したおかげで、クロードがティルピッツ侯爵に頭を下げるという事態にまで発展したのだ。これ以上、放っておくのは危険だと。
「しかしながら、まさかディアを第3夫人でもいいからと言われるとは思っていませんでしたよ。まあ、そういう提案をしておいて何ですが……どういう心境の変化が?」
実の所、クラウディアをヒースに嫁がせるという話は、『王太子のおねしょ事件』の直後に、二人で話したことがあるのだ。野放しにすると危険だと感じたマルクスが王太子との婚約を破棄してでもと、クロードに提案する形で。しかし、そのときは拒絶された……。
「わかっておる。あのときは、それが最善だと考えたのだ。例えあやつがティルピッツの野郎の側に鞍替えしたとしても、ハインリッヒ殿下の首根っこも抑えた以上、なぜその優位性を手放さねばならぬ……そう思ったのだ……」
しかし、その後積み重ねられた数々の失態は、全くもって想定外だったとクロードは苦笑いを浮かべた。一応は、ハーマンの企みということで収めたものの、その過程で宰相派、外戚派、中立派を問わず、多くの有力貴族の子弟を敵に回したことは、致命的だと言えた。
「こうなってしまった以上、王太子殿下はいずれ廃嫡されるだろう。謀反でも起こさぬ限り、御即位されることはない。貴族たちが納得せぬからな。そうなれば、次の王位は誰のものになる?」
「王弟リヒャルト殿下……いや、ルキナ王女殿下ですか。なるほど、そのときヒース君は王配、もしくはヒース君自身が即位するということも考えられるということですね。当然、ディアも……」
「そうだ。そのときはそれなりの地位を与えられることになる。即位することがない王太子の妃になるよりかは、例え第3夫人であったとしても、そっちの方がよいということだ」
彼女にとっても、自分たちにとってもと、クロードは言った。
「しかし、それならなぜ朝出発するときにその話をして頂けなかったのですか?」
事前に知っておけば、態々クラウディアの名誉を傷つけるような話をするまでもなく、馬車の中で説得することだってできたのだ。「娘にエッチなことを教えた責任を取れ」というなりして、もっと穏便に。だが、これについてクロードは言った。
「実の所、決断したのはシェーネベック領を流刑地にしたいという話を聞いたときだ。素直に凄いなと思ってな。しかも、あれでまだ13歳なのだぞ。ハインリッヒへの義理など一瞬で吹っ飛んだわ!」
クロードは最早、ハインリッヒに敬称をつけなかった。捨てた駒には用はないと言わんばかりに。だが、マルクスも同意見だったため、異を唱えなかった。
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