第96話 悪人は、未来の軍師をゲットする

昼休みに色々あったものの、結局「直接会って話すのが一番」ということになり、クラウディアが間を取り持つことにして、ヒースはアーベルとカリンの二人に面談することになった。時刻は17時半過ぎ。もう間もなく、二人はここにやってくるだろう。


「なあ……エリザよ。どこかおかしいところはないか?」


「ヒース様……」


しかし、まるで娘の彼氏に会う父親のように、ヒースは落ち着きがない。このようにして、さっきも同じことを聞いたというのに、また繰り返し尋ねてきたのだ。エリザも呆れるしかなかった。


すると、ようやく来たのだろう。扉の外から声が聞こえてきた。ヒースは襟を正して二人がこの地下室に入ってくるのを見守った。


「アーベル・ランブランです。今日はお招きいただき光栄です。伯爵閣下」


「ほう……」


その礼に適った挨拶に、ヒースは思わず感心して声を漏らした。前に中庭でイチャイチャしていたアホそうな男の子とはまるで別人のようだと感じて。しかも、初対面できちんと「お義兄様」と呼ばずに、伯爵閣下と節度を守ったのも好印象だ。


ゆえに、一先ずは合格として、ヒースも名乗りを上げる。


「ヒース・フォン・ルクセンドルフだ。いつも、妹が世話になっているそうだな。まあ、まずはかけたまえ」


ヒースはそう言って、二人に座るように勧めると、エリザを横に座らせて自分も座った。仲介役のクラウディアは、カリンの隣に座った。


そして、ルキナが全員分のお茶をテーブルに並べたところで、ヒースは話を切り出した。


「アーベル君。単刀直入に君に聞きたい。うちの妹と結婚する意志はあるのかね?」


「お、お兄様!?いきなり何を!」


「カリンは少しだけ黙っていなさい。ワシはアーベル君の意志を確認しているのだ。ルクセンドルフ伯爵家の当主としてな」


二人がここに来るまでの落ち着きのなさがウソのように、ヒースは毅然としてアーベルの目を見て問うた。何しろ、カリンは庶子とはいえ伯爵令嬢であり、アーベルは王家の御用商人として裕福な家の子であるが平民に過ぎないのだ。結婚に至るまでの課題は山のようにある。だから、その覚悟があるのかと。


しかし、アーベルの答えは変わったものだった。出されたお茶に口を付けた後に、返した回答は、カリンの方が身分を捨てれば、そんな課題など一瞬で消滅するというもの。


「もちろん、伯爵令嬢ではなくなりますが、それ以上の幸せを必ず僕は彼女に捧げます。だから、どうか温かく見守って頂けないでしょうか」


アーベルは堂々とヒースの目を見据えて、その上で頭を下げた。「お願いします」と添えて。だが、そんな彼にヒースは「認められない」と告げた。妹を平民にするつもりはないと。


(まあ、当然の反応だろうな……)


これ以上頭を下げても仕方がないと感じて、アーベルは顔を上げた。ヒースの答えも予想通りだっただけに、特段傷つくようなものでもなかった。しかし、カリンは違った。


「お兄様のいじわる!どうして!?どうしてわかってくれないのよ!わたしは……わたしは……アーくんのことが好きなの!伯爵令嬢の身分なんていらないから……」


兄の言葉に動揺して、すっかり取り乱してしまったカリンは、隣に座るクラウディアが慌てて慰めに入るが、仕舞いには泣き出してしまった。それを見て、ヒースは半ば呆れるようにして、もう一度アーベルに問う。「こんな妹だが、本当に構わないのか?」と。


アーベルは迷いを見せることなく、まっすぐヒースの目を見て頷いた。まさに満点回答だった。


「アーベル君。ワシは君を将来、妹カリンの婿に迎えたいと思う。但し、貴族としてだ。先頃、陛下より賜ったシェーネベック子爵の称号とその領地をそのまま譲りたい」


「えっ!?」


どうやら、その答えは軍師の卵であっても予見不能だったのだろう。アーベルの口から驚きの声が上がった。カリンも同様に泣き止んで、兄の方を信じられないように見た。


そして、そんな二人にヒースは裏の事情を説明する。クラウディアが王太子との婚約を破棄して自分の第3夫人になることが宰相の命令で決まったこと、その場合、カリンが宰相派の推す『王太子妃候補』となる可能性が高いということをだ。


「ワシとしては、あんな男におまえをくれてやるつもりはない。それならば、おまえが好いているアーベル君で良いと思ったのだ。だがのう……子爵位と領地のことは、別の話だ」


ヒースはそう言って、改めてアーベルを見て伝える。子爵領は現在酷いことになっていて、建て直すために莫大な資金が必要なことも含めて、包み隠さず正直に。


「だからこそ、君と話していて、君の機転と才能にかけたいと思ったわけだ。まあ、お父上の資金援助を当てにしていないと言えばウソにはなるが……それでもワシは、君に味方になってもらいたい。頼めるかな?」


学院では「魔王」と呼ばれている圧倒的な強者。宰相派も外戚派も一目を置き、国王陛下でさえも期待をかけているという次世代の貴族社会を担うと言っていい存在。そんな男にここまで心を開いて頼まれて、断れる者など居るはずはない。


「もちろん、喜んでお手伝いさせていただきます。お義兄さま!」


アーベルは仕えるべき主を見つけたという歓喜に心を震わせて、頭を下げて忠誠を誓ったのだった。

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