第97話 悪人は、御用商人を取り込む
さて、息子アーベルから事の次第を聞いた父親のマルコ・ランブランだが……当然のことだが驚くどころの騒ぎではなかった。
「確かに、ルクセンドルフ伯爵に取り入り、友誼を結ぶようにと言ったが……」
まさか、その妹の婿として、しかも「国王より与えられた爵位と領地をそのまま付けてでも」と言われるほどの成果を挙げるとは露とも思っておらず、この場合どうしたらいいのかと逆に息子に訊く始末であった。
すると、アーベルは答える。一日も早く、挨拶に向かうのが吉だと。
「最早、ハインリッヒ殿下に先はないでしょう。宰相閣下も孫姫様の婚約を辞退することにされたとか」
「なに!?」
息子の突然の婚約の話にも驚いたが、この知らせも看過することはできない。しかも、その婚約を辞退した孫姫が、先程話題に上がったルクセンドルフ伯爵の第3夫人として近々婚約すると息子から聞かされては、ためらう要素などどこにもなかった。
「明日の夕方、授業が終わられた頃合いを見計らって、ご挨拶に伺うことにする」
マルコは息子にそう告げると、その旨をヒースに伝えるように頼んだ。アーベルは「畏まりました」と答えた。
次の日の夕方。学院側から使用の許可を貰った応接室で、ヒースはマルコを迎えた。
「マルコ・ランブランです。閣下には、愚息の件でご配慮を頂き、ありがとうございます」
「こちらこそ、良い婿を得ることができたことに感謝する。ヒース・フォン・ルクセンドルフだ。どうか、これから親戚としてお付き合い頂けるようお願いする」
そして、互いに対面するようにして席に座り、ヒースは隣に座るカリンをマルコに紹介してから本題に入る。
「実の所、ご子息に将来譲ることを約束したシェーネベック領の事だが、非常に酷い状況になっているのだ」
そう言って、ヒースは数枚の資料を手渡した。そこには、ハンスが取りまとめた領地の現状がわかりやすく記述されていた。だが、それはマルコが想像していたものよりもはるかに酷い内容だった。
(ここまで酷いのなら……復興は無理なのでは?)
マルコはそう思いながらも口にすることを憚り、ただヒースを見た。すると、その意味に気づいたのだろう。今度はカタリナが計画した復興案に関する資料を手渡す。
「……罪人を受け入れて、その労働力を復興に当てるのですか」
「そうだ。すでに宰相閣下の承諾は得ている。現在の住民をルクセンドルフ領に移住させたら始めることになるが……」
「資金ですか?」
「ああ。そこにも書いてあるが、少なくとも1億Gは必要になるそうだ。無論、ワシもすでに3千万Gを投じてはいるが……そなたの力を借りたいと思っている」
「なるほど……それで、うちの息子に領地を譲りたいという話に繋がるわけですな。確かにこうなってしまえば、支援せざるを得ないですからな。いやはや、閣下もお人が悪い」
マルコは大きなお腹を震わせながら笑ったが、その目はじっくりと見据えるようにしてヒースに向けられていた。
(さあ、どう出るか。……怒るか?)
……とは言っても、この話を受けないという選択肢はない。それとは別に、マルコはヒースに一族と従業員の未来を託していいのかを見定めようとしているのだ。もし、眼鏡にかなわなければ、今までと同じように他にも軸足を残しておく必要がある。しかし……
「まあ、そういうな。領地の復興が成れば、その利益はいずれ生まれるおまえの孫が享受することになるのだ。悪い話じゃなかろう?」
ヒースは特に不快そうにするでもなく、むしろ悪巧みをするような笑みを浮かべて、マルコに誘いの言葉を掛けるように言った。まるで、清濁を併せ飲むことに慣れ切った老獪な政治家の雰囲気を醸し出しながら。
(なるほど……国王陛下も、そして宰相閣下も、姪や孫娘を側室でも構わないと言って縁を結ぼうとするはずだ。この人は……次元が違いすぎる……)
これでまだ13歳なのだ。末恐ろしすぎるとマルコは思う。だが、それゆえにこれほど一族と従業員の未来を託すのに相応しい者はいない。
「今後、資金の事なら全てこのわたくしにお命じください。息子共々、微力ながらも閣下の覇業に力添えさせていただきます」
まずはシェーネベック領の復興だが、話はきっとそれに留まることはないだろう。最終的にいくらお金が必要になるのかはわからない。それでも、マルコはためらうことはなかった。
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