第98話 悪人は、王位を目指さない(前編)

「……ところで、ヒース」


「なんだ?ルドルフ」


「おまえに確認しておきたいことがあるんだが……」


マルコとの会談を終えた翌朝、ルドルフが出し抜けに訊ねてきたので、ヒースは何だろうと思った。しかし、表情は真剣そのもので、無下にするわけにはいかないとは理解して、彼の言葉を待つ。すると……


「単刀直入に訊くが、おまえ……ついに王位を目指すことを決意したんだよな?」


「はあ!?」


ルドルフはとんでもないことを訊ねてきて、ヒースを驚かせた。一体、いきなりどうしたのかと。しかも、周囲には人が居る。これでは、謀反を疑われかねない。


「おい、おい……おまえは一体何を……」


ヒースは声のトーンを落として、彼の真意を訊ねる。すると、ルドルフも流石にここで大きな声で言うのはまずいと気づいたのだろう。さっきよりも小声で言葉を返した。


「だって……クラウディア嬢を王太子から寝取ったということは、そういうことなんだろ?宰相から見捨てられれば、最早あいつが王位に就くことなどありえんのだから」


「な……」


その言葉にヒースは絶句した。大体、そもそも寝取ったのではなくて、押し付けられたというのが正しいのだが、ルドルフの様子からすると、そういうことを言っている場合でないと知り、顔を青ざめた。彼の言っていることは、傍から見れば……確かに的外れなものではなかったからだ。


「まず言っておくが、ワシには全くもってそのようなつもりは毛頭もない。王位などあの阿呆が継げばよいと思っている」


例え国王になったとしても、この国は貴族の力が強いため、思うようにできることは少なくて旨味がないとヒースは見ていた。それだったら、今まで通りに一貴族として、領地の経営に専念したいと。さらに言えば、王都での権力争いにも関わりたくはないというのが本心だ。


だが、そんなヒースに、ルドルフは可哀想な子を見るようにして告げた。


「それが最早難しいことはおまえだってわかるだろ?そして、こうなった以上、王位は王弟リヒャルト殿下、そのあとはルキナ殿下かおまえが継ぐことになると」


「う……それは……」


ヒースは言葉を詰まらせて、返す言葉が見つからなかった。このままいけば、彼の言うように話は進むだろうとも理解はする。ただ……だからといって、承服できる話ではない。


「なあ……それでもハインリッヒになんとか継承させる方法はないのか?」


ヒースは縋るようにルドルフに訊ねた。しかし、彼は首を左右に振った。事、ここに及んでしまえば、どうすることもできないだろうから、この話をしているのだと。


「だから、そういうことでいいんだよな?まあ、他に選択肢はないんだが……」


「いいわけがあるか!やり直しを要求する!!」


「だ・か・ら!今更それは無理だって言っているだろうが!!」


二人の堂々巡りの会話に、耳を澄ませて成り行きを見守っていた周囲から噴き出すような声が漏れ聞こえた。すると、そこにアーベルとカリンがやってきた。


「一体、何の話をしているんですか?」


「おお、アーくんよ!どうか、ワシに知恵を貸してくれ!!」


「あ、あの、お義兄さま?」


いきなり、『アーくん』呼びされて、アーベルは面食らってしまった。だが、改めて先程の話を二人から聞いたのちに、彼はルドルフに訊ねた。今、その話をヒースに訊ねるのにはわけがあるのではないのかと。ルドルフは頷いた。


「実は……アーくんの言うとおり、困ったことが起きているのだ」


「困ったこと?」


「妹が……王太子の婚約者にさせられようとしているんだ……」


ルドルフにも『アーくん』呼びされて、苦笑いを浮かべるアーベルを他所に、「そう言えば、宰相がそんなことを言っていたな」と思い出したヒース。たが、さっきの話と上手に繋げて考えることができない。


すると、アーベルが察したのか、ルドルフに確認するように訊ねた。


「つまり、ルドルフ様はハインリッヒ殿下に先がないから、妹君の婚約に反対なのですね?」


「そうだ。不幸になると分かっているのに、何で賛成できるというんだ。それなのにお爺様は……」


どうやら、当主であるティルピッツ侯爵は、そうは思っていないらしい。彼が何度も説得したが、首をタテに振らなかったと言った。


「だから、ヒース。おまえが王位を目指すというのなら、そのことを言えば、考え直すんじゃないかと思ったのだ。何しろ、うちのお爺様はおまえの実力は認めているからな」


そう言われるのは満更ではないが……だからと言って、迂闊に王位を目指すとも言えないわけで、ヒースは「どうしたらいいか」とアーベルに丸投げするように訊ねた。


アーベルは「そうですねぇ……」と答えて、頭を悩ませ始めたのだった。

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