第187話 悪人は、修行を監督する

ヴィスマール港を出港してから今日で10日目。肉眼でようやくバタンテールの陸地が見える位置に船はあった。航海の行程は予定通りであり、もう2時間もすれば、首都トピリアの玄関口とも言われるメリダ港に到着するはずだった。


だが、そのような場所に来た以上、魔族側にも当然感づかれているわけで……


「おい、アーベル君!後ろだ。避けろ!」


「えっ!?うぉあっ!」


甲板の上は魔族の襲来によって戦場となり、ハインツとアーベルは船員たちと共に、武器を取って応戦に当たっていた。但し、戦闘スキルに恵まれていないアーベルは完全に足手まといだ。


「今のは危なかった……。ありがとうございます、ハインツさん」


「ここは戦場だ。一々礼などいいよ。……って、今度は横!」


「あっ!?うぐっ!」


「お、おい!」


そして……今度の攻撃は避け切れなかったようで、魔族の凶悪な爪がアーベルの横っ腹を切り裂いた。足元に血だまりができるほどに出血も多く、どうみても命に関わるほどの大けがだ。しかし、すぐさまカリンが駆けつけて【治癒魔法】で怪我を治癒する。


「はぁ……今度こそ死んだかと思った……」


体を包んでいた淡い光が消えたとき、受けたばかりの致命傷は完全になくなっていた。だから、アーベルは呑気そうにそんなことを言って、誤魔化すように笑った。ただ……カリンにとっては慰めにはならない。


「ごめんね。わたしがわがまま言ったばかりに、こんな危険な所に……」


半ば涙目になって、カリンは謝罪の言葉を口にした。本来であれば、戦闘スキルがないアーベルは、船に乗り込まずにヴィスマール港で見送りをするはずだったのだ。ゆえに、巻き込んでしまったことを後悔していた。


「気にしないで、カリン。ボクがこうして怪我をすることで、君の役に立っているんだから、これはこれで本望さ!」


しかし、そんなカリンをアーベルは優しく励ました。事実、さっきのような大怪我を治そうとして【治癒魔法】を唱える度に、レベルアップのための経験値は溜まっていく。二人は知らないことだが、これはヒースの目論見通りだったりする。ただ……


(リア充、爆発しろ!)


そんな甘い二人だけの雰囲気に、味方のはずの船員たちが何も思わないはずがない。その多くがこの瞬間、そう心の内で叫ばずにはいられなかったが……。


「しかし、王女殿下。……閣下は本当に動かれないのか?」


「何でも、わたしたちのレベルアップにはちょうど良い相手らしいわ。どうしても手に負えなくなったら助けてくれるらしいけど……やれるところまでやるようにってさ」


ハインツからの問いかけに、「ホント、酷いヤツだ」と文句を垂れるルキナは、皆が倒した魔族の頭に手をやって、【記憶操作】のスキルを発動させていた。但し、同士討ちさせるようにしたいのだが、上手くはいっていない。成功率はおよそ30%というところだった。


「ああ、もう嫌になるわね。結婚してからずっとマウントを取られっ放しで、悔しいったらありゃしないわ!」


今度は上手く行ったようで、起き上がった魔族は味方のはずの別の魔族に襲い掛かって、ルキナは少しホッとしたような表情と共に、そう言い放った。だが、丁度タイミングが悪く、そこにヒースが現れて聞かれてしまう。


「あ、あの……ヒース?」


「文句を言う前に、成功率をもっと上げないと、このままじゃ徹夜だぞ」


「て、徹夜!?」


「気づいていないのか?さっき、連中の後方から信号弾らしきものが上がったぞ。きっと、もうすぐ援軍が来るだろう」


そして、ヒースは続ける。その援軍も今のように手間取っていたら、次の援軍を呼ばれると。つまり、際限がないということだった。


「じゃ、じゃあ、どうすればいいのよ!魔力はもう限界よ!!」


「決まっているだろう?援軍を呼ぶ間もなく、こうやって短時間で殲滅すればよいのだ」


ヒースは不敵に笑みを浮かべて、空に向かって手をかざした。すると、次の瞬間……上空に広範囲に展開していた魔族は一瞬で炎に包まれて、あっという間に消し炭と化して海に落下していった。


「うそ……」


それは誰が言ったのかはわからない。……が、その圧倒的な力に誰もが魅了され、続ける言葉を見失ってしまった。その中には、このスキルが【蓑虫踊り】であることを知るルキナも含まれている。


(こいつ、一体どれだけの努力を積み重ねてきたのよ!)


ただ、スキルのことを知るだけに、今、目の前で発動された技がとてつもなく高レベルなものまで昇華していることを理解して、ルキナは自分との差をハッキリと自覚して……焦った。このままでは、隣に立つことはできないまま置いて行かれるだろうと。


「ヒース……」


「これで、陸にいる連中は迂闊に援軍を送ってきたりはせぬだろう。残り位は任せられるよな?」


「……ええ」


上空に展開していた魔族は消滅したが、船の甲板にはまだ30人近くの魔族が残っていた。自分も含めて、この場にいる皆の実力ではまだまだ苦労はしそうだが、それでもルキナはそう返した。


今は及ばなくても、必ず追いついて見せるという、強い意志を胸に宿して。

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