第186話 悪人は、バタンテールに向かう
エリザに背中を押されたこともあり、ついにバタンテール行きを決断したヒースは、すぐに動き出した。
「なに?ルキナ殿下と共に西部地域を訪問したいだと?」
「魔族の襲来がいつあるかわからず、国民は不安に思っているだろう?だから、殿下と共にワシが姿を見せることで、励ましてやりたいのだ」
王宮でリヒャルトたちを前に、ヒースはそのように説明して、まずはルキナを連れ出す大義名分を手に入れようとした。何しろ、ルキナはこの国の王位継承順位第3位の王女なのだ。バタンテールどころか、王都の外にさえ出ることは容易ではない。
そして、やはりというが、特に娘を心配するリヒャルトが簡単に頷かない。
「ヒース君。それは、どうしてもしなければならないことなのかい?鼓舞が必要ならば、別の者……例えば、フィリップに行ってもらうとか。彼の方が継承順位は上だし……」
「あの子はまだ9歳の子供だろ?それに王族になってまだ時間も浅いし……。ルキナの方が良いとワシは考えるが?」
「そ、それなら、ボクが行こうか?摂政だし、その方が効果は……」
あくまでも渋るリヒャルトは、挙句そのような言葉を吐き出し始めた。これには流石に成り行きを見守っていたローエンシュタイン公爵も黙ってはいない。
「殿下。摂政が今、王都を離れるのは如何なものでしょうか。王はアレですし、殿下にはここに居てもらわねば困ります」
娘が心配だからと言って何を考えているのかと暗に窘められて、リヒャルトはバツが悪そうにして黙り込んでしまった。
すると、ここでもう一度ヒースは告げる。「これは、実際には新婚旅行である」と。
「そういう題目にしておかないと、国民は納得しないだろ。それとも何か?ルキナには新婚旅行をがまんしろと言うのか?楽しみにしているようだが……」
「い、いや……そのようなことは……」
トドメとばかりにそう言われては、リヒャルトも渋々ではあるが認めるしかなかった。西部地域にはシュベーリンという風光明媚なリゾート地があり、近郊には離宮もある。最終的にそこに約2か月間滞在するという計画で、話はまとまった。
但し、当然だがこれはダミーの計画だ。
「さて、そろそろ行くぞ」
大勢の護衛と共に王都を出発してから最初の宿に入ったところで、ヒースはルキナと共に影武者と入れ替わり、こっそり一行から抜け出した。そして、ハインツが待つ別の安宿に移り、西部へ向かう一行が町を出立した後で、南部へ進路を取った。
「目指すは、ヴィスマール港。そこから、船に乗ってバタンテールへ向かう」
港には、ランブラン商会の貿易船が停泊していて、アーベルの手配の下、出航準備が進められている。だから、何も心配することなく、ヒースらはヴィスマールを目指して馬を走らせた。
「お兄様。お待ちしていましたわ」
そして、道中特に大きなトラブルに見舞われることなく、予定通り3日間の行程でヴィスマール入りし、ヒースらはカリンとアーベルの出迎えを受けた。
「それで、どうだ。あとどれくらいで出航は可能か?」
「今、最後の荷物を運びこんでいるので、あと2時間もすれば可能ではありますが……今夜はこの町で休まれないのですか?」
開口一番、今すぐにでも出発しようとしているヒースに、アーベルは心配そうにしてその後ろに視線を向けた。騎士であるハインツはともかくとして、ルキナの方は……騎乗による長距離移動は慣れていなかったようで、明らかに辛そうに呼吸を乱していたのだ。しかし……
「問題ない。船の中でも休めるだろう?」
ヒースは全く取り合わずに、そのままさっさと船に乗り込もうとした。「これしきのことで音を上げるのであれば、連れて行くに値しない」と言い放ち、ルキナに訊ねる。「何だったら、ここに残るか?」と。
「……いいえ、行くわ」
心配そうな目を向けるアーベルたちを他所に、ルキナの答えは決まっていた。だから、馬は船員に預けて、ヒースの後を追うようにタラップを昇っていく。ただ……その鬼気迫る表情に、それを見たカリンの顔が青くなった。
「ど、どうしよう……アーくん。そんなに厳しい環境で、わたしやっていけるのかな……」
一応、聖女になるための修業であることは、ヒースからも説明を受けていたが、カリンは兄がいるからとかなり甘く見ていたのだ。それゆえに、アーベルに救いを求めた。一緒に来て欲しいと……。
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