第13話 悪人は、思いもよらぬ余波に巻き込まれる

「それで、エリザは元気にやってるのでしょうか?」


ヒースがこうして教会に呼び出されて、司祭であるロシェルにそう訊ねられたのは、洗礼式から3カ月が過ぎようとしていたころ。将来の義父として話がしたいという名目でだ。


「ええ、母上が大層気に入りましてね。可愛がられていますよ」


母・ベアトリスは、初対面以来、エリザのことをまるで娘のように大切にしている。


「しかし、奥方様はなぜそんなに?」


「以前から娘が欲しかったんだとか。義理の娘となるわけだからな。ただ……それなら、カリンがいるのではと言ったら、あれはアンヌの子で自分の子ではないと言って……」


あんなにかわいい妹をなぜ嫌うのかと、不思議そうに口を尖らせるヒース。妹馬鹿を全開にしてそう答えた。


「まあ、実際には伯爵様が浮気して儲けた子ですからね。そういうものでは?」


そんなヒースの一面に、ロシェルはクスクス笑いながらも、一方で、伯爵夫人の気持ちに理解を示した。女性の気持ちは複雑なものだとして。


「……それで、本当の用向きは?」


当然だが、こんなどうでもいい話をするために自分を呼びつけたわけではないだろうと、ヒースは理解している。ゆえに、そろそろと考えて話を切り出した。


「実はですね、若様が提唱された『祖父母のスキルが代を越えて孫に伝承する』という話。あれがきっかけで、今、王都では大騒動が起こってるんですよ」


知っていましたかと、掴みどころのない笑顔を向けて、ロシェルは言った。


「具体的には?」


「昨年、王女殿下が洗礼式の後、修道院に追放された話。若様もご存じでしょう?」


「もちろん、知っている。実は不義の子だったって話だったよな?」


「それがですね……実は、陛下の母君の祖母、つまり王女から見れば曾祖母に当たる方に同様のスキルがあったことが確認されたのです。……となれば」


「なるほど。王女殿下は不義の子ではないということになるな。そして、実家に戻された王妃様は、浮気などしていなかったということか……」


もちろん、真実はそうであっても、おいそれと認めるわけにはいかないだろう。何しろ、あの一件は、王妃の実家である隣国の名誉を著しく傷つけたのだから。しかも、あのあと王妃は傷者扱いで国内の有力貴族に降嫁したと聞く。今更、なかったことにはできないだろう。


「ただ、そうなると、問題は王女殿下の処遇か……」


「そうなのです。彼女に罪がないのは明白なのですが、王妃様のことがあるため、今更王女に戻すことなどできません。ゆえに、皆、頭を悩ませている次第なのです」


ロシェルはそう言ってわざとらしくため息をついた。それを見て、ヒースは嫌な予感がした。逃げなければと思い、席を立とうとしたが、しっかり腕を掴まれて逃がしてはくれなかった。


「いや、ワシには関係ない話だと思うのだか?」


「いやいや、全ては若様が要らぬことをしたせいでこうなったのです。どうか、お知恵をお貸しください」


そう言って、ロシェルは必死に頼み込む。どうやら、王都の教会関係者から強い圧力を受けているようだ。責任を取れと。このままでは、帰すわけにはいかないとまで言ってきた。


「はぁ……もう仕方ないなぁ……」


司祭ともあろうものが、7歳の子に知恵を借りるなんて何の冗談だよとヒースは呆れつつも、それでも、どうすれば丸く収まるのかを考えてみる。


(王女には罪はない。ただ、王女であることが罪だ。彼女を本来の地位に戻せば、隣国と揉めるし、戻さなければ、王女は謂われなき罰を受け続けることとなるか……)


頭の中を整理すると、そんなところだろう。そして……


(それなら、王女としての王女はおしまいにすれば……だが、どういう形にもっていくか……)


考え込むこと約30分余り。ああでもない、こうでもないと考え続けて……それでも、ヒースは答えを導き出してロシェルに告げる。


「……悪いが、王女殿下には死んでもらおう」


「はぁ!?」


ようやく出た結論が斜め上の回答だったことに、ロシェルは顎が外れんばかりに驚き、大きな声を上げたのだった。

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