幕間 伯爵夫人は、幼い嫁の虜となる
「わぁ……ホントにこれ、どれでも食べていいんですかぁ!?」
無邪気に目を輝かせて、エリザは正面に座る義母・ベアトリスに確認する。……とはいっても、すでにその視線はテーブルの上に並べられた色とりどりのケーキにロックオンされていて、ダメだと言われるとは露にも思っていないだろう。
「どうぞ。お食べなさい」
「わぁー!ありがとうございます!!」
ベアトリスが下した許可にエリザはフォークを手に持ち、まずは一番近くにあった苺のソートケーキに突き刺した。そして、そのまま口の中へと運んでは頬張る。クリームの甘さとスポンジの間に挟まった苺の甘酸っぱさが同時に広がった。
「おいしぃ~♪」
これ以上ないといったような満面の笑みをエリザは浮かべて言葉を零した。それはとても幸せそうで、早速もう一口分突き刺しては口へと運ぶ。その様子に、ベアトリスの頬が緩んだ。
(それにしても、中々面白い娘を見つけてきたモノね……)
目の前にいるのは、先程息子から紹介されたお嫁さん。美味しそうにケーキを食べているが、その作法は滅茶苦茶で、どう見ても司教の娘でないのは明らかだ。それでも、あの場で臆することなく「ロシェルの娘」言い張った度胸は見事だったとベアトリスは思う。
「エリザさん、口にクリームがついているわよ」
もちろん、その度胸を買って彼女の嘘を認めたのだが、こうしてハンカチで口元を拭ってあげると、恥ずかしそうに「ありがとうございます」と返してくれる。その年相応の仕草も魅力であり、ベアトリスを忽ち虜にした。言うなれば、こんな娘が欲しかったと。
(そうなると……この子の足を引っ張る存在は、一日も早く消すべきよね……)
もちろん、そのことを知られれば、この娘はきっと悲しむだろう。上がってきていた報告書には、ロシェル司教との養子縁組に際し、「うん」と中々頷かなかったと記されていた。
曰く、「司教が何度も利を説いて説得したが、父親と縁を切りたくないと大泣きした」と。
ただ、その一方で、調査書に記載されている父親のガーゼルという男の態度は酷いものだった。そんなエリザの姿をダシにして、手切れ金の額を上げるように交渉したようだ。もちろん、侯爵家出身の司教にすれば大した額ではなかったらしく、そのまま支払ったようだが、誠にもって許し難い行為だとベアトリスは断じた。
「エリザさん。わたし、この後用事ができたから、そこにいるメイドさんの言うことを聞いて、お部屋で待っててくれるかしら?」
ベアトリスはそう言って席を立とうとした。執務室に戻って、ガーゼル一家を破滅させるための指令を下すためだ。だが……
「あ……」
そのとき、エリザから悲しそうな声が零れた。
「どうしたの?」
もしかして、気づかれたのかと心配してベアトリスが訊ねるが、彼女は「なんでもありません」と言って首を左右に振った。その仕草が気にはなったが、ベアトリスは何かあれば連絡するようにとメイドに告げてそのまま退室した。
夕方——。
ガーゼル一家をヒースが一度口にしたという『騒乱罪』で、領外へ追放する沙汰を下して一仕事を終えたベアトリスは、エリザに付けていたメイドを呼んだ。あの後の様子を聞くためだ。
「エリザ様は、少し寂しそうにされていました」
そのメイドはそう報告した。あれだけ美味しそうに食べていたケーキも、その後はほとんど手を付けずに、そのまま部屋に戻ったと。
「何かあったの?」
ベアトリスはその報告に違和感を覚えて、メイドに訊き直した。すると、彼女は「特に大きな異変は起きていない」と前置きしたうえで、ベアトリスに告げた。
「エリザ様は、お母君を確か幼い頃に失われていたと記憶しております。もしかして、ベアトリス様をお母君と重ねてらしていたのでは?」
「え……?」
「もちろん、推測ですが……あの後もしきりにベアトリス様の御戻りを気にされてました。ですので、できれば一度お顔をお見せになられていただければと……」
その言葉にベアトリスの気持ちは温かくなる。愛おしい気持ちが沸き上がってくる。
「行くわ!今すぐにね!」
そう言って席から立ち上がると、そのままエリザの部屋に向かう。そして、部屋に飛び込むと、そのままエリザの側に駆け寄り抱きしめた。
「待たせてごめんね……」
「お義母さま……」
いきなりのことで驚いたエリザではあったが、ベアトリスの温もりに安堵の表情を浮かべた。そして……
「あの……お願いがあるんです」
「なにかしら?言ってごらんなさい」
「もし、迷惑でなければ……今晩、隣で寝させてもらえないでしょうか……」
エリザは恥ずかしそうにして、ベアトリスにお願いをした。その姿はとても健気であり、ベアトリスの心を動かすには十分すぎるのだった。
「いいわよ、遠慮なんかしないで。あなたは、これからわたしの娘になるのだから」
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