第14話 悪人は、王女殺しを提示する
「王女殿下を殺す……?一体それは……」
その意味を噛みしめて、ロシェルは万に一つも部屋の外に訊かれることはないように小さな声で訊ねた。もちろん、その顔は真っ青だ。
「……ああ、悪かった。別に首を刎ねるとか毒を盛るとかじゃないさ。ワシが言っているのは、形だけという意味でだ」
「形だけ……と?」
首を刎ねるだとか、毒を盛るだとか。およそ、7歳児が言うような言葉ではないとは思うものの、ロシェルはそのことは一先ず脇に置いておいて、その真意を訊ねる。
すると、ヒースは説明した。
「王女殿下は、本物の王女だったから問題なんだろ?地位を戻せば隣国と揉めるし、かといって、罪もないのに今の修道院で不自由な生活をさせるわけには忍びないと……まあ、そういうところだろ?」
「ええ、そんなところですね」
王都の高位貴族と聖職者の間で議論になっている問題点は、まさにそういうところだ。
「教会の方としても、修道院でこのまま預かっていいのか、あるいは待遇は変えるべきかといった議論も行われています。挙句、おまえが言い出しっぺだから何とかしろとまで……」
まさに、中間管理職の悲哀といったところだろう。ロシェルは元気なくそう言った。だが、とどのつまりは、皆、どうしていいのかわからずに頭を悩ませているのだ。
「それならば、今の王女の身分を捨てて、別の身分となればよいのだ。表向きは修道院で病死したことにして、例えば、王弟殿下の娘にするとか?」
それならば、王族の身分は保全され、隣国との関係にも影響はない。
「しかし……バレませんか?」
王弟には娘どころか嫁すらもいない。さらに言えば、愛人すらも。
「それなのに、いきなり8歳の娘がいました……と言って、誰が信じますか?」
「信じるさ。うちの母上と王弟殿下って、学院時代に同級生だったんだが、当時、密かに想い合っていた相手がいたらしい」
忍びは手に入らなかったが、常日頃から情報収集には励んでいるのだというヒース。何かの役に立つかもしれないと思い、以前から父母が持つ人脈や昔話をよく訊ねて回っている。
「ただ……その相手というのは、遠い昔にすでに死んでいるという話だ。無論、そのことは王弟殿下もご存じの話だが……その女との間に密かに儲けていた娘ということにすれば、すでに今回の件を知っている者以外は、騙すことはできるだろうさ」
当時のことを知る者も多く、その幾人に率先してさも事実のように言い触らしてもらえば、いつしかこのウソは真実になるだろう。
「あとは、顔についてもだ。王弟殿下の娘となれば、今の王女殿下から見て従姉妹になるのだ。似ていても不思議じゃないし、スキルについても曾祖母から受け継いだという事実は変わらないから、昨年のように血縁関係を否定されることはない」
あとは、この真相を知る者たちさえ、口を噤めば、数年後にこの事実に気づく者は限りなく少ないだろうと。
「なるほど……流石は知力90越えの神童だけありますな。相談してよかったです」
ロシェルは、その完璧なプランに感嘆して、揶揄うようにそう言った。そして、早速、今の話をまとめて、王都の枢機卿へ書簡を送ると言った。そうなると、中々忙しい。
そうなる前にヒースは、以前から気になっていたことを訊ねた。
「ところでだ。この教会にもいるのだろう?エリザのように、祖父母のスキルと一致した子が?」
その者らは、親に捨てられて15歳になるまでこの教会の離れにある孤児院で生活をしているのだ。そのうちのどれくらいが親子関係の確認ができたのかと、ヒースは訊ねた。
「確認できたのは、全体のおよそ2割程度ですね。そもそも、祖父母の代になると、他領や場合によっては他国にいるケースもありますからね。調べようがないということもあります。それに……」
ロシェルはそう言って、寂し気な表情を浮かべた。
「親に捨てられた子らは、今更そんなことを言われてもどうしていいのかわからないと言ったのが本当の気持ちの様です。親子関係が証明されたとしても、捨てられたという想いがある以上、昔のような関係にはなかなか戻れませんからね」
覆水は盆に返らず、そういうことなのだろう。
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