第15話 悪人は、孤児院の可能性にほくそ笑む

「なあ……それなら、そいつらはこの後も孤児院で暮らすのか?」


「まあ、そうなりますね。正直、家に帰ってくれると助かったのですが……」


ロシェルはため息を一つ吐いてそう言った。どうやら、割り当てられている予算は少ないという事情があるとのことだった。現在の人数は32名ということで、朝と晩の2回、パンとスープを出せるのが精一杯だという。


「予算を増やしてもらうことはできないのか?」


そんな貧相な食事では、体が持つのか。ヒースはそう思って、何とかならないのかと訊ねた。


「無理ですね。むしろ、他領では閉鎖するところも増えているみたいです。今の教皇猊下はケチ……おっと、失礼。まあ、吝嗇家でいらっしゃいますのでね。ここは、王家に連なる伯爵家のご領地ですから、まだこうして予算を割り当てられてはいますが……」


それもいつまで続くのか。ロシェルは懸念を伝えた。


「しかし……孤児院が閉鎖されれば、町に浮浪者が溢れるわけで……」


結果としては、町の治安は悪化して取り締まるための費用が嵩むだろう。領主にとっては痛手だ。


「ただ、それは領地を治める領主の事情でして、教会には関係ないというのが教皇猊下のお考えなのです」


ロシェルも思うところはあるのだろうが、一司教にしか過ぎない彼が教皇の意向に逆らうことはできるはずもない。


「もちろん、賢い領主は、治安悪化の可能性をよく理解して、閉鎖にならないように教会へ資金を提供している方もおられるそうです。教会がそのような姿勢を示している以上は、自衛の手段として」


それでも、潤沢な予算をというわけには行かないらしい。彼らにしても、治安が維持できれば問題ないのであって、孤児たちの境遇になど興味はないのだろう。


「ただ、それでも助かっているのは事実です。若様が家督をお継ぎになったときには、そのことをご留意頂ければ……」


それは、将来に備えた申し出のつもりだろう。もしかしたら、その頃にはロシェルはこの教会から去っているかもしれない。そのとき、この孤児院を救ってほしいと。


「ふむ……」


ヒースは考える。今の話の内容を。


(孤児院の運営には金がかかるか……。だが、かけた分だけの見返りはない。世間ではそう思われているようだが……)


果たして本当にそうなのか。ヒースは疑問を抱いた。


(此間、エリザのスキルを『忍び』と言ったように、教会には孤児たちのスキルの記録があるのだ。それならば、金を出せばスキルを伸ばす教育を行うことも可能ではないのか?)


孤児院で磨き上げたスキルを領地の経営に役立てさせる。それならば、投資した資金以上の成果を得られるのではないかとヒースは考えた。


例えば、武芸や魔法が得意であれば、領軍の強化に繋がるし、内政系のスキルであれば、行政官として領地の発展に寄与してくれるだろう。商売に関する特性を持っている者を上手く使えば、交易で領地を富ますことも可能だ。


それ以外の者も、特に見目麗しい女どもは、『武田家の歩き巫女』のように、他国や他領の情報収集という役割を与えられるかもしれない。誰もが閨では、つい本音が出てしまうものだ。エリザを忍びにするより何倍も効果は得られる。


(これは、やらない手はないな……)


ヒースは心の中でニヤリと笑った。


「なあ、ワシが満足いくほどの資金を提供したら、ワシの求めるやり方で孤児たちを教育してくれるか?」


「そうですね。その金額にもよりますが、ご期待に沿うようにはしますよ」


それはまだ遠い話だと思って、ロシェルは安易にそう言った。だが、ヒースはそんなつもりでは言っていない。自分が領主となるころに役に立つようにするためには、今から動く必要はある。


「よし、わかった。何とかしよう。今の言葉、忘れるなよ」


ヒースは、そう言って強く念を押すのだった。

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