第38話 悪人は、父の服毒を偽装する

「う……」


その激痛に、オットーの手から持っていたスプーンが落ちて、カランという音が響いた。同時にこの部屋で共に食事をとっていたパウルとゲオルグの視線がオットーに向けられた。


「父上、どうなさいましたか!?」


そんな父の様子に驚いたように、隣に座っていたヒースが言葉を掛けた。だが、もちろんこれは演技だ。


「だ、大丈夫だ……。ちょっと、疲れが出ただけだと思う……」


オットーは苦しそうにしながらも、心配そうに見つめる息子に笑顔を取り繕ってそう答えた。しかし、その表情は青白く、額からも汗が滲み出ており、オットーの言うようなただの疲れではないことは誰の目から見ても明らかだった。


すると、この場を取り仕切っていたパウルが鈴を鳴らした。


「はっ!お呼びでしょうか?」


現れたのは、今日まで案内してくれたカルロスという執事だ。彼は、目の前で苦しんでいるオットーを見て驚きの表情を浮かべていた。一体何事が起こったのかと。


「カルロス。オットーの具合がどうもよくないようだ。部屋まで送って、その後、医者を呼んでやれ」


だが、その後に発したパウルの言葉には、情のかけらも見当たらない淡々としたものだった。あくまで事務的な口調といった感じだ。そのことから、パウルはオットーのことを気に食わないと思っていることが窺い知れる。


「畏まりました」


そして、それに異を唱えることもなく、この執事も当たり前のように承っている。この家ではどうやら珍しいことではないようだ。そのことから、ヒースはこの家での父の立ち位置をよく理解した。


「ささ、父上。参りましょう……」


「ああ、ヒース。すまないな。カルロスも迷惑をかける……」


オットーはそう言ってゆっくりと席を立ち、カルロスの肩を借りながら、そのまま食堂を後にした。





「父上、もう演技は結構ですよ。楽にしてください」


ここまでオットーを運んできたカルロスがそのまま部屋を立ち去り、その足音が聞こえなくなったことを確認してから、ヒースはオットーにそう言った。しかし、オットーの表情は青ざめたままだ。


「……ヒース。おまえは、ちょっとお腹が痛くなるって言ってたよな?」


「はい、そうですが」


それがどうしたのかと、ヒースは首を傾げる。すると、オットーは苦しそうに言った。


「これが……どこが『ちょっと』なのだ?滅茶苦茶、胃の辺りが焼けるようにして痛いのだが……」


そして、もしかして耐毒魔法は効いていないのではないかと疑いの目で見た。しかし、ヒースは余裕の表情を崩さなかった。


「大丈夫ですよ。カエルでは成功してますから。今回もきっと、問題ないでしょう。たぶん……」


「おい……たぶんって何だよ……」


しかも、「カエルでは成功したって……」と、オットーは顔をひきつらせた。そんな不確かな賭けに出たのかと言って。だが、ヒースは呆れたように言った。


「何を言ってるんですか。父上は危険を承知でこの家に来たのでしょう?それなのに、今更これくらいでビビってどうするのですか?」


そもそも、この家に来たこと自体が不確かな賭けだったのだ。しかも、かなり成功確率が低いという代物の。そして、それを望んだのは、他ならぬオットー自身なのだ。


「だから、父上は運を天に委ねて、これを飲んでさっさと寝てください。もうすぐ、医者も来ますので、そのときには意識不明の重体になって頂かないと……」


ヒースはそう言って、魔法カバンから睡眠薬が入った小瓶を取り出した。


「お、おい……どうしても、それを飲まなければならないのか?」


見れば、小瓶の中の液体は紫色をしており、オットーの目には禍々しく映っている。ゆえに、どうしても躊躇ってしまう。ここまで具合が悪いのだから、もういいんじゃないかとも言った。しかし……


「中途半端が一番良くないのです。さあ、思い切って一飲みにグイッと。目が覚めることができれば、父上は侯爵家の主になるのです!」


ポンという音が聞こえて、不快な臭いがオットーの鼻を突いた。そして、ヒースはオットーの命乞いを認めることなく、一気にそれを押しつけた。「早く飲め」と言って。


「仕方ない……後のことは頼むよ」


オットーは覚悟を決めて寝台に腰を掛けると、小瓶に口をつけると一気にそれを飲み干した。


「ああ、何も心配することはない。あとはワシが何とかするからな」


あっという間に意識をかき消していく。体も支える力を失って、そのまま後ろへとゆっくり倒れて言った。だが、その寸前にその言葉が耳に届く。オットーはホッとしたような安らかな表情を浮かべて、静かに眠りについたのだった。

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