第39話 悪人は、癖を教えられる
(……それにしても、なぜワシの飯には毒が入っていなかったのか?)
目の前で意識を失った父親を見下ろして、ヒースは考えていた。何しろ、オットーが死んでも、継承権はヒースに引き継がれるのだ。もちろん、順位はパウルやゲオルグよりは低いままだが、それでもここで一緒に始末しておいた方が後腐れはない。自分なら間違いなくそうすると。それなのに……
(ワシが7歳だから舐めているのか?何もできないだろうと。それとも、他に何か理由があるのか?)
考えられることは、自分の背後にいる者の存在。王弟の隠し子という噂を以前、祖父フリードリヒはしていた。もしかすると、彼らもそれを信じているのかもしれない。
(あと、考えられることは、ロシェル侯爵家の令嬢であるエリザと婚約していることが耳に入っているということか?)
形だけの養子縁組とはいえ、ロシェルの話では本家にいる兄の了承は取っているらしい。近々、挨拶に連れて行くとも聞いている。もちろん、そんな事情は彼らが知る由もないが、それならば、自分を殺すことは悪手であると気づいたのかもしれない。
(まあ……それならそれで構わないか……)
自分に掛けた耐毒魔法は無駄になったが、あのようにオットーが苦しむとは思っていなかっただけに、寧ろこれでよかったとヒースは気持ちを切り替えた。魔法の発展のためには犠牲は付き物だと言って。そして、そのとき扉を叩く音が聞こえた。
「どちらさまでしょう?」
「カルロスにございます。お医者様をお連れしましたので……」
部屋の外から聞こえた声に、ヒースは「どうぞ」と言って入室を許可した。白髪の……随分年がいった医者がカルロスと共に部屋に入ってきた。
「あの……父上は大丈夫でしょうか。死んだりしないでしょうか」
あえて、年相応の態度で二人に問いかけるヒース。カルロスはどうしたらよいのか、困惑した表情で医師を見たが、医師の方はそんなカルロスやヒースに目を向けることなく、何も言わずに眠っているオットーに近づき、その腕を取った。
「……ふむ」
「先生……如何なのでしょう?」
恐る恐る訊ねるカルロスに医師は答えた。「これは毒を盛られている」と。
「え……?」
カルロスは呆気に取られて、声を零した。そして、何かの間違いではないかと再び訊ねるも、医師は首を左右に振った。
「なあ、カルロス。ワシもフリードリヒ様に仕えて長いから、このお屋敷の事情はある程度察している。だから、『誰が』とは詮索はせぬ。その意味はわかるよな?」
つまり、何も知ってはいない。そういうことにしろと医師はカルロスに言った。そうしないと、命が危険だと。
「し、しかし、若様には聞かれてしまいましたが……」
「それはこれからワシがきちんと説明するわい。だから、おまえは早くこの場を立ち去れ。元々、医者を呼ぶようには言われたが、同行するようには言われてないのだろ?」
「は、はい……」
カルロスは言う。幼い頃から仲良くしていたオットーがこのようになったのだから、純粋に心配してついてきただけだと。
「それなら、くれぐれも見つからないようにな」
そうしなければ、命の保証はないと。カルロスは静かに退散した。
「さて……若様。ああはいいましたが、ご安心を。お父上の体内に入った毒は見事消されております。命には別条ないでしょう」
カルロスの足音が聞こえなくなったのを確認してから、医師はヒースにそう伝えた。そして、見事に偽装したものだと笑う。
「先生?」
その態度に不信を抱いて、ヒースは身構えた。すると、医師は続けた。
「若様。ワシはお父上を幼き頃より診てきたのです。少なくとも、耐毒魔法を使えることは存じません。そして、先程のカルロスの同様です。それなのに、お父上の毒は、耐毒魔法によって見事中和されている……。さて、これは誰の仕業でしょうかな?」
ぎくっ!
その言葉は、ヒースの心を大いに揺さぶった。何しろ、他に人はいない。
「は…ははは……先生?ボク、子供だから難しくてわかんな~い」
ヒースはそう言って誤魔化そうとしたが、医師はため息をついた。
「若様……。こんな時に言うものあれですが……嘘をつかれるときのクセ、お父上と同じですな……」
「えっ!?」
医師の言葉にヒースは思わず声を上げた。だが、それが何なのかは皆目見当がつかない。すると、医師は言った。「話す前に襟を触っている」と。その言葉にヒースはハッとした。
(そういえば……以前、エリザのことを母上に初めて話した時もそうしていたような……)
つまり、自分の癖を見抜かれていたということだ。今更ながら、ヒースは真実を知って唖然とした。
「まあ、ご心配には及びませんよ。ワシも命が惜しいですからな。この部屋の外で聞かれたら、オットー様は急な流行り病で明日をも知れぬ身である……そう答えておくことにしましょう」
そんなヒースに、医師は改めて告げた。何をやろうとしているかは知らないし、興味はないと。
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