幕間 暗殺者は、国王陛下を道連れにして

12月25日——。


その日、バルムーア王国のダヌル村を通過する一行があった。馬車を守る騎兵が抱えている旗は、王家の紋章である双頭の鷲があしらわれている。即ち、馬車の中には国王アンリ3世が乗っていることを示していた。


「しかし、こんな田舎になんで国王陛下が来るんだろうね?」


隣国ロンバルドから逃走して、次の任務までの間を故郷でのんびりと過ごしているグレータ・アンブロス……いや、本名アニエス・ラクロワは、呑気にそう言った。すると、隣に立つジャックは答える。「おそらくは、国境視察だろう」と。


「噂だと、来年あたりにロンバルドに侵攻するつもりのようだからね。なにか下準備でもあるんじゃないか?」


「ふーん、そうなんだ」


まあ、だからと言ってアニエスに何か影響があるわけではない。だから、それ以上の話題にはならずに、他の村人に混じってただ行列を眺めていた。すると、そのとき突然行列が止まった。


「どうしたんだろう?」


ジャックが首をかしげて声を漏らしたその先で、身なりの立派なお付きの者たちが慌ただしく馬車に駆け寄っているのが見えた。そして、しばらくすると村長まで姿を現した。何やら話し合いが持たれた後、一行は進路を変更した。その先には、村長の屋敷があった。


「きっと、何かあったんだろうけど……どうやら、村長さんの家に滞在するようだね」


そうなると、今日はあまりで歩かない方がよさそうだとアニエスにジャックは言った。騎士は兎も角、末端の兵士たちが暇つぶしに若い女性を草むらに連れ込んで……ということは、あり得ない話ではないのだ。


「ふふふ……じゃあ、ジャックの言うとおりにしようか」


もちろん、そんな兵士などにやられるアニエスではないが、この機会に今一つ踏み込んでこない幼馴染との関係を深めるために、あえて乗ることにした。そして、自分の家へと誘う。


「え……」


顔を赤くして、ドギマギする幼馴染の顔は、アニエスを興奮させる。どうやら、まだ女を知らないようだが、何が起ころうとしているのかくらいは想像がつくらしい。これなら、色々と教える甲斐があるというものだ。


「じゃあ、いこうか」


アニエスがそっと手を差し出すと、ジャックは照れながらもギュッと握った。その後は、彼女の家に誘われて大人の階段を上っていく。


もちろん、周囲には人がいた。しかし、傍から見れば、間もなく30を迎えようとしているアニエスと12歳になったばかりのジャックだ。親子ほどの年の差があるがゆえに、誰も気には留めなかった。つまり、アニエスはショタコンなのである。


(ロンバルドでは、可愛い男の子が大勢いたのに機会がなかったからねぇ。その分楽しまなきゃ!)


家に入るなり鍵を閉めて、ジャックの服を脱がしては色々といじくり回すアニエス。興奮しているのか、かなり鼻息が荒くそれがジャックを怯えさせるが、それすらも彼女をヒートアップさせた。


「あ、アニエス姉ちゃん……?あの……」


「大丈夫よ。お姉ちゃんに全部任せておいて。気持ちよくさせてあげるから」


何しろ、行く先々で暗殺業の傍ら美少年を食べてきたアニエスだ。その手管には絶対の自信を持っている。だから、今日も快楽の限りを尽くそうと心に決めて突き進む。だが……そのときだった。遠くから地鳴りのような音が聞こえたのは。


「な、なに?」


流石に不安を感じて手を止めたアニエス。すると、次の瞬間、白い壁のようなものがどこからともなく現れて、成す術もなく呑み込まれてしまった。


(な、何が起こったの!?)


目を開けようとしても開かない。手を動かそうとしても動かない。息もできないから苦しみと肌から伝わる氷の冷たさだけが脳に伝わるが……それもやがて消えていく。そして、意識も……。





12月25日午前11時13分。バルムーア王国のダヌル村において発生した大規模な地滑りは、表層部に積もっていた大量の雪と共に村全体を押しつぶして、その全ての命を奪った。平民も騎士も将軍も宰相も、そして、国王すらも平等に。


年が明けた1月3日、バルムーア王国政府は土砂の中からアンリ3世の亡骸を発見したことで、救助活動を打ち切り、王太子ルイの即位を発表する。当然のことながら、ロンバルドへの侵攻計画は白紙となり、暫くは鳴りを潜めることになるのだった。

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